米と水だけの酒造り
●HOME
●会社紹介
●蔵案内
●会社沿革
●商品一覧
●アクセス
●会社沿革
●会社沿革
昔、阿波国では造酒屋に制限があって郷株が203株に限
られていました。
そこで、右のような造酒札を掛けなければ、酒を造ることが
許されなかったそうです。
1725年(享保10年)
創業。造酒株を貸し借りし、酒を造っていた。
1847年
和食町(わじきちょう)は東と西で醸造しており、東は松浦家の「東山屋」、西は松田家の「西山屋」と呼ばれ、当時の蔵元、松浦三右衛門の造酒株は70石造りだった。
1870年
松浦三右衛門は松浦佐喜次と改名
1883年
佐喜次の子、芳太郎が継承し「松齢」「若松」の酒銘をもって醸造していた。
1948年3月16日
那賀酒造有限会社設立
1968年
約1000石造り、現在の灘地方に桶売りを行っていた。
1980年
桶売りを辞め、約100石造りとなる。
1988年
全量純米酒、造りは約40石余りとなり現在に至る。