命ぼうにふる? 1997.11.5 徳島新聞
「文化」というものは、町おこしにすごい力を発揮するものだということを、つい最近も目の当たりにした。先月末、会員制の演劇鑑賞会・阿南市民劇場の「能登観劇ツアー」に同行させてもらった。世界文化遺産の白川郷一帯の散策はもちろん心が洗われたが、それ以上に、「能登演劇堂」で強い感銘を受けたのだ。
人口わずか8300人の石川県中島町。そこに一昨年(’95)、650席の演劇専門劇場ができた。ただ単に立派な器を造っただけでなく、さらに、その後がすごい。
今年もまた町の自主制作で、仲代達矢さんら無名塾公演に、一ヶ月余にわたり30ステージ2万人の観客を集めるのだ。驚嘆する。私たちのようなツアー観客が全国から押しかけてくるわけだ。小さな町の大きな定期的なイベントとして定着してきた。快挙だ。
ここで毎年、新しい演劇を創造し、それを全国に発進していくという。もちろん無名塾の他にも、篠田三郎・日色ともゑ主演の『枯れすすき』や、地元劇団の公演とかがめじろ押し。今回私たちが観たのは、山本周五郎の原作を故・隆巴さんが脚色した『いのちぼうにふろう物語』。
江戸深川の一膳飯屋に巣食う無頼の若者たちが、密貿易をしながら生きている。彼らは「正義や優しさ、生きがい」などとは全く無縁のならず者のように見える。ところが、そこへ飛び込んできた一人の青年の「純愛」に心を打たれ、その恋を成就させるために命をかける話だ。「あんな奴のために」と言いながら、「命ぼうにふろうか」と…。
定評ある周五郎作品がサスペンスタッチの見事な青春群像劇になっていた。さらに芝居の楽しさに輪をかけたのが、この劇場ならではのスペクタクル。
大詰めの立ち回りで、舞台奥(ホリゾント)がいっぱいに観音開きになり、舞台と野外の風景が一体化するのだ。遠く近くに、もちろん本物の林や原っぱが見える。本物の風が大きく梢をゆさぶり、観客の心もゆさぶる仕掛けだ。
舞台劇と映画ロケが混然となったような不思議な演劇空間。ツアー参加者全員が興奮ぎみに感動を語っていたのは言うまでもなかろう。
演劇・文化を町おこしのエネルギーとした中島町、大したものだ。当初は、ホール建設も反対が多かったと聞く。十炉町長が「政治生命をかけてもやる」と言ったそうだ。もう一つのステキな、町長の「いのちぼうにふろう物語」があったようだ。議員や首長の皆さんにも聞かせたい、見せたい、ちょっといいドラマ。