春の訪れ
「私は普段はここからは出ないの。あそこに行ったのはあなたが来るとわかって いたから、知らせてくれたから」 「知らせて ? それはここの創造主 ? 」 「とにかく、ジャングルはあいつの領域、私に与えられたのはこの森だけ」 森の小道を歩きながら、リオンは急に嬉しそうな声をあげた。 「見て、イチゴがなっている。あなたは春を望んだのね」 どこからともなく籠を持ってきて、いきなりリオンはその赤い瑞々しいイチゴを 籠に一粒一粒を丁寧に摘みいれる。 「これで、ジャムが出来るわ」 「君が作るの ? ジャム、それとも創造主が」 「こういうの事は私がするの、ここは無駄な殺生は嫌い、でも与えられた物は 感謝して有意義に使わなくては」 「あなたが春を望んだお蔭だから、このジャムの半分の権利はあなたの物」 僕も、その籠の中に舞狂な動きで潰さないように入れる作業を繰り返した。 「あのひばりの声を聞いて、春かと思ったんだよ」 「あれは…あなたには、ひばりに聞こえたの。あなたはきっと優しい人なのね、 あなたが望んだのが春で良かった」 訳の解らない事がありすぎて、彼女の言葉を頭の中で繰り返すだけだった。 (僕が望んだから春って事は、あの時に違う季節を思い浮かべてたら違ってた訳なのかな) 「さぁっ、もう充分取れたから、帰りましょう。トール」 二つの籠にいっぱいの苺を見ながら、リオンは嬉しそうだったからそれ以上を 追求するのを僕はためらった。 「ここでの暮らしを、あなたも気に入ってくれたらいいのに 」 小さな声だったから、ほとんど聞き取れなかった。多分そう言ったんだと思う。
部屋に戻ると、お昼の準備が僕の帰りを待っていた。 きっとこんな風にここで暮らしていればいいんだろう。 暖かいスープを飲みながら、僕はこれからの事をなんとなく想像してみた。 季節すら僕の一言で変えれる創造主、神だからなのか、それとも夢の世界だからなのか 僕はありとあらゆる可能性を考えてみた。もし、ここが夢じゃないとして、 ある種のドームの中なら季節だって簡単に変えれるし、隠しマイクと監視カメラが どこかに隠してあれば納得の行く事なんだ。でも、部屋の中にはそんな物はかけらも ありはしなかった。ベッドの下、テーブルの足、全て確認してみた。 すっかり体力を消耗してしまった僕は早いけど眠る事にした。 時間だけは幾らだってあるんだ、急ぐ事はないさ。 もちろん、構えられた夕食はしっかりとたいらげてから。 シチューの味が、家の味に似てるなとふと思いながら。 そう言えば、珈琲の好みもぜんぶ僕仕様だったと今気がついた。 深い眠りの中で僕はリオンの声を聞いた気がした。 「 あなたも気に入ってくれたらいいのに 」
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