夜明け
部屋の中に置いてあるのは、清潔なシーツの敷かれたこぶりのベッドと 丸い丸木で出来たテーブルと椅子、壁に打ち付けられた本棚。 (もちろん、本なんて置かれていなかったけれど) とりあえず、隅の水呑場(どうやら井戸から汲み取られているらしかった)で 顔と手を洗ってうがいをした。とりあえず、水は飲めそうだなと確認した。 隅っこのクローゼットらしい戸棚の中から、清潔なタオルを借りて、それを濡らして 体を拭いて、置かれてあったシャツに手を通した。それは、石鹸の匂いがした。 「腹減ったなぁっ」 誰に言う訳でもなく、つぶやいた。 カタンと外で音がしたから、僕は何かいるのかなとドアを開けた。 「変だな、誰もいない。風かな」 振り向くとテーブルの上には、暖かいスープが湯気を立てて、 焼きたてのパンの香ばしい香りと、スパイスで味付けられたマスのムニエルが テーブルの上に用意されていた。 「なんだよ、これは、一体誰が ? 」 はっと昼間のリオンの言葉が浮かんだ。 (自然の物ならなんだって手に入るわ…すぐにわかるわ…) あの謎めいた言葉の訳が今解った。この森には、何か─あいつ─とは違う別の意識が 存在しているらしいのは解った。とりあえず、そいつは悪意を持ってはいないのだけは解ったから、 僕は安心して用意された物を食べてみる事にした。 (郷に入れば郷にしたがえ)自分に言い聞かすように繰り返す。 「美味しい…毒は入ってないって訳か」 見た目以上に味の方もプロ並の味付けに、僕はどこかで見ているかもしれない 誰かに感謝しながら、空腹を満たすのに専念した。 食欲が満たされると、人間って言う者は当然睡魔がやってくる。 (ここって夢の中のはずだよな、それなのに眠くなるなんて不思・・) 僕は吸い寄せられるように、ベッドに倒れて深い深い眠りに落ちた。 ドーン、ドーン、静かな地鳴りが家を小さく揺らす。 「う・・ん、もうちょっと寝かせて… えっ、地震 ? 」 慌てて飛び起きて、窓の外を覗く。 外はうっすらと明けはじめている。カーテンごしに空が紫色に変化し、青、群青、薄桃色 さまざまな色に変化する空が見えた、それは見事なさまだった。 地面の揺れを感じなくなっていた。僕は、ドアを開けて大地が目を覚ます瞬間に対面してみる事にした。 普段の生活では決して感じれない不思議な時間が流れているのを 僕は敏感に感じ取っていた。空気は冷たく、その粒子一粒一粒が僕が呼吸するたびに 僕の血肉となり、髪の毛から皮膚から染みとおってくるのが解った。 そんな不思議な時間は、太陽が昇り終えるほんの数分の出来事だったけれど。 (毎朝、こんな気持ちを味わえるのなら早起きもいいな)
|