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──何かがいる── その時、後の方ですごい音とこの世の物とは思えないような声が響いてきた。 「いけない、あいつが気付いたんだ」 「あいつ ? 」「いいから、早く着いてきて」 言われるがまま僕は彼女の走りだした方に足を速める。 「もっと早く走って、食べられたいの ? 」 「何だって、どういう事なんだ」 「説明してる暇はないの、しゃがんで」 そういいながら彼女も地面に身を伏せている。 そこは、獣道になっていて小さなくぼみがところどころにあって、 その一つに僕はうずくまった。 嫌な音が聞こえる。耳元で耳障りな蚊のような、 神経を逆なでるような。まるで、ガラスに爪を立てているような、無機質な。 一分ほどでその音は止んだ。元通りの静けさと、安堵感が空気に漂い始めた。 「もう行ったみたい、起き上がっても大丈夫」 僕は起き上がってはみたけれど、頭の中がパニックてて、何を言えば いいのか言葉に出来ずにいた。 「最初は、みんなそんな表情をするの」 じっと僕の表情を読みとるかのように、そらされる事のないその目に ついに根負けして僕の方が伏せてしまった。 「何から話せばいいのかな、何か聞きたいことは ? 」 「君の知ってる事を、何がなんだか僕には」 「そうね、それじゃ始めるわね…」 それからえんえん一時間かかって、彼女は僕にここの説明をしてくれた。 かいつまんで要約すると次の通りらしい。 彼女の名前は、リオン(とりあえずそう呼んでくれと言う)いつからか、ここでハザマ からくる漂流者の面倒を見るようになっていたと言う。 ここでの生活の過ごし方、普段は平穏な森がさっき見たあいつによって乱される事。 あいつの通ったあとには、血を吸い取られて死んでいた動物の死骸しか残らない事。 ここにどれくらいの人が訪れて死んでいったか。 (もっとも寿命で死んだのではなく、あいつに運悪く出会ってしまった漂流者の話) 中には、無事帰って(消滅)していった者もいたらしい事。 「あいつの姿は誰も見た事はないのよ、見た者がいるとしたら死んでいった者たちだけなの、 目が合ったが最後、心まで凍り付いて身動きが取れなくなるの。そして、それっきり帰っては来なかった」 「君は何故知ってるの? 見た訳でもないのに」 「あたしは……あいつにとらわれた声が聞こえるからよ、もう何度も聞いた、耳をふさいでもだめ 最後まで悲しそうな声が、あたしはちゃんと教えてあげたのに、しゃがんでって…」 耳を小さな手でギュっと押さえて、自分の事を責めたてるようにする。 「君は僕を助けてくれたじゃないか」 なぐさめの言葉を上手く言えない僕は、その手をそっと外してやった。 「聞こえないよ、今は、僕は君のお蔭で生きているし、ねっ」 「責めないの? 訳の解らない世界に連れて来られて、あなたは」 「君のせいじゃないし、何が原因なのかはこれから調べればいいし、とりあえず 今の僕には君しかいないし、だから、君は僕の上に立ってくれないと困るんだ」 今までの不安な表情を振り払うかのように、太陽が昇ったかのような眩さで 彼女は笑った。その笑顔はあまりにも無防備で、僕がしっかりしなくちゃいけないんだと、 男なんだからと自分を奮い立たせる原動力になった。
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