MOON WALKING

 

  フワフワッと身体が、いきなり軽くなって空中遊泳し始める。

 「うわっ、こう体が浮いちゃぁっ、やり難いなぁっ」

 ブツブツと小言をいいながら、宇宙服ごしに宙を見上げる。

月に着陸しようとする宇宙船の中から下を見下ろす。昔から人類が夢み、語り告がれた対象物。

古代、ここに月の女神が君臨し、太陽の神と空を支配しあい、カグヤ姫がその姿を

見て嘆いたと言う月、木の陰でぶら下がる人の影、ウサギが餅をつく姿。

 月旅行プレゼント。不意に目に飛び込んで来た某アメリカ雑誌の広告。

新世紀に向けて、宇宙船にて月までの招待旅行プレゼント。

月マニアの僕が飛びつかないはずがない。公募されていたのは、月によせる詩を一遍。

世の中には奇特なスポンサーがいるものだ。噂では、お金持ちの道楽らしかった。あくまでも噂。

でも、僕はその上手い話に飛びついたんだ。待ってたって、何もしなかったら

チャンスは来ない。当たるはずのない月旅行、夢を見ながら僕は一遍の詩を作った。

 

  孤独な月が夢を見る

  青い月が問いかける 辿りつくその瞬間を

  この世の先まで 見透かす瞳で

  待っているのは僕 ?  それとも君 ?

  迷路は鏡の中で開かれ 合わせ鏡の通路の向こう

  万華鏡が作る仮想空間 見え隠れする扉

  開くのは僕 そして開くのは君への空間

──The solitary in moon dreams of the moment

which is in the tracing which the month to be blue is about to ask

To the end of this world

By the pupil to foresee

It is for me that it is waiting.?

Or, it is you.?

That place of labyrinth's being in the mirror and

being each other opened in the passage of the mirror

The door which appears and disappears in the virtual

space which the kaleidoscope makes

It is me that it opens.

Then, it is in the space to you that it opens. ──

 

 なんとなく思いついた言葉を繋いでPCの翻訳機に放りこんでみた。

出来上がってみたのは下手な英文詩だったから。

前に読んだ芭蕉の俳句の英文詩の方がもっと詩らしかった。

こんなのがスポンサーの目に止まるなんて思ってもみなかった。

世界には、才能ある詩人はたくさんいて、僕なんかとるにたらない

唯の子供でしかない存在で、その事を一番解ってるは僕だったんだから。

だから、見知らぬ手紙が舞い込んできたあの日を僕は忘れない。

( 聞いた話では、僕は次点に取ってもらえたらしかった、何か惹かれる物があるという訳の解らない理由。

スポンサーの子供が僕を押したらしかった。金持ちってのはまったくよく解らない代物だと再確認した。)

夢なのかと思った。月旅行プレゼントのチケットを目の当たりにした日でさえ、まだ信じられなかった。

きっと月に着くその瞬間まで、僕は信じられずにいるんだろう。

準備までの二ヶ月、僕はある程度の宇宙訓練ってのを指導を受ける事になった。

開いている時間を上手く使っての、体力作り、ありとあらゆる検査、日頃の規則正しい

生活がこう言う時に物を言うんだ。月への旅行はちょうど夏休みの中間だったから、

親も反対をする術もなく、その日に向けて僕の時間は回りはじめていた。

 

 不思議な事に、この宇宙への招待旅行の話は、どこの雑誌や新聞にも扱って

いないようだった。あの日、僕が見た広告はなんだったんだろう?

誰一人見送りのいないNASA宇宙ステーション。昨夜、家を出た時の家族の少し

心配そうな顔が頭の奥に変に残っている。「すぐ帰ってくるよ 」

 そう言って、僕は迎えに来た車に乗り込んで日本を後にしたんだ。

車に乗り込むと、感じの良い青年が一人、後座席に座って僕に微笑んだ。

 白い手が握手を求めて伸ばされてきたから、僕は遠慮がちにその手を握り返した。

ひんやりとした優しい手だなと僕は思った。手に優しいなんていう表現は、間違っているのかもしれないな、

でもそう感じたんだから仕方ない。

 言葉少なにその青年がしゃべる事は、今回の応募の黒幕が彼だという事。

名前は、あまりにも有名な名前だから極秘と言う事で僕は彼をJ・Jと呼ぶ事にした。

よく顔を見直した瞬間、僕はあっと驚いた。そう、あの人にそっくりなんだ。

昔、本の中の挿絵になっていたあの人の横顔に。

 

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