そこに在った物は… J・Jが灯してくれた明かりに目がなれた時。 僕の目の中に飛び込んできたのは、コンピューターの部品が無造作におかれ、PCのよう な機械が壁にとりつけられていた。不意に、薄っすらともやのような物が現れた。 「それが、彼女だよ、当時の姿がそのまま映像化されてる、意識は今も生きてるけど」 「どういう意味? 今も生きてるって」 「彼女が亡くなった時の希望だったそうだよ、つまり脳隋だけになって生きてるって 事さ。話かけてごらん、君を待っていたんだ」 浮かびあがった彼女の姿には、別に何も浮かばなかった。もし本当に僕が彼女と関係 しているのなら、何か共鳴する物があるはず。 腰まで届く銀色の髪の毛、銀色の瞳、優しそうな微笑みを口元に浮かべて、映像の中に彼女は存在していた。 ふと月の名前が浮かんできたからそのまま口にした。 「はじめまして、ムーン、僕は冬生。地球から来ました。都市は17歳で一応、男、それから、えっと 後にいるJ・Jにここまで連れてきてもらいました」 何て、頭の悪い事をダラダラ喋ったんだ。僕は、チラッと後ろを振り返った。 そこにいたはずの彼がいなくなっていた。(あれ・・・?) 「こんにちは、冬生、あなたを待っていたの」 「何故ですか? 僕はあなたなんか知らないし、ここは地球じゃない、だから僕が あなたの探している者じゃないことくらいは解っているはず」 「声が聞こえたの、あなたの声よ、月を見上げて恋しがっていた」 「えっ … 確かに僕はこの月が好きだけど、でもそれは唯の憧れであって、上手くは 言えないけれど、僕はあなたに対して何も多分してあげれないと思います。すみません」 「この月にも太古、人が住んでいました。今はもう滅びて影しか残ってはいないけれど 私の残留意識だけが、唯一の都市の記憶を留めている」 彼女の声は、多分当時の彼女か発していたそのままの声域なんだろう、聞いていたら 心地よくなって、僕は自分の緊張感がすっかり溶けてなくなっているのに気が付いた。 「彼が、もう何千年もここを訪れている事は知っていました。この月の裏側に 人類の宇宙基地が作られている事も、今はもうない私の国を想い出して嘆いていたのを 彼が気付き、ここにやってきたのです」 (何千年? って今言った…?) 「あなたにお願いがあって、ここに呼びました」 「えっ? 僕に…」 「この地下にあるメインスイッチを切って欲しいんです」 「それって…君が死んじゃうって事じゃ」 「もうとっくに私はここにいる者ではありません」 「出来ないよ、そんな事、機械って解っていても君は意識が残っている、人殺しと同じ じゃないか、そんな事を頼むために僕を呼んだの? J・Jでもいいじゃないか」 悲しそうな瞳が、僕の言葉一つ一つにますますその色を染めていく。 「あなたは、本当に覚えてはいないの? ここで暮らしていた頃の事を、同じ瞳、 同じ声、その姿は昔のままなのに、記憶だけが帰ってこないまま」 僕を責めるような口調を感じとったけれど、 僕は、唯、唯、首を横に振るだけで精一杯だった。 彼女の声には、だんだんと何かを思い出せそうな予感は感じてた。 でも封印された記憶は蘇ってはこなかった。 「ごめん、僕には出来ないよ。ムーン、君を消すなんて事は、だって君は…」 (その先にどんな言葉を言おうとしたのか、自分でも解らなかった) 「そこにいるのでしょう、J・J、入ってきて」 ドアを開けて、ためらうように彼が入ってきた。少し照れたような不思議な表情が、ヘルメットごしに読み取れた。 「いますよ、ここに、君はムーンと言う名前で呼ばれていたんだ」 「あなたにはお世話になりました、最後まで迷惑をかける事になったけど」 「行こう。冬生、もうお別れだ、彼女は眠りたがっているんだ」 空を切るのを解っていても、僕は手を伸ばして彼女の頬に触れようとした。 淋しげな微笑を残して彼女の映像は消えた。 |