トップページへ
ブログ9 低ナトリウム血症
ブログ一覧へ

 低ナトリウム血症     2025年8月28日
 1.低ナトリウム血症の症状
 低ナトリウム血症の症状は、血清ナトリウム濃度が
 どの程度まで低下したか、そしてその低下が
 どのくらいのスピードで進行したかに大きく左右されます。

 (1)軽症(通常、血清ナトリウム濃度125〜135 mEq/L程度)
 この段階では、非特異的で軽微な神経症状が中心となります。
 頭痛: 漠然とした頭重感や頭痛を訴えることがあります。
 吐き気、嘔吐: 食欲不振とともに現れることがあります。
 倦怠感、全身の脱力感: 疲れやすい、力が入らない。
 注意力や集中力の低下: 何となくぼーっとする、
 考えがまとまらないなど。
 歩行障害(ふらつき): 転倒のリスクにつながるふらつき。
 筋けいれん: 特に下肢などに筋けいれんが起こることがあります。
 これらの症状は、他の多くの疾患でも見られるため、
 低Na血症の診断は、まず血清Na値を確認が重要です。

 (2)重症(通常、血清ナトリウム濃度120 mEq/L以下)
 この段階では、中枢神経系の症状が顕著となり、
 生命を脅かすリスクが高まります。
 意識障害: 傾眠、昏睡状態に陥ることがあります。
 けいれん発作: 全身性のけいれん発作が起こることがあります。
 呼吸障害: 脳浮腫による脳ヘルニアが進行すると、
 呼吸中枢が圧迫されて呼吸停止に至ることがあります。
 病的反射: Babinski反射など、病的反射が出現することがあります。
 嘔吐: 脳圧亢進による中枢性の嘔吐が頻繁に起こります。
 これらの重症症状は、脳浮腫の進行によって引き起こされます。
 特に血清ナトリウム濃度が急速に低下した場合
 (例:数時間〜24時間以内に10 mEq/L以上低下)は、
 ナトリウム値が120 mEq/L以上であっても、
 重篤な脳浮腫をきたすリスクが高いため、慎重な対応が必要です。
 臨床的な注意点
 無症候性: 血清Na値が120 mEq/L以下でも、
 慢性的にゆっくりと低下した場合は
 無症状のまま経過することがあります。
 この場合、治療を急ぐと橋中心髄鞘崩壊症
 (Osmotic Demyelination Syndrome: ODS)
 のリスクが高まるため、補正の速度に注意が必要です。
 ODSのリスク: 重症の低Na血症を急速に補正すると、
 脳細胞が急激な浸透圧変化に対応できず、脱水・収縮を起こし、
 不可逆的な神経障害(構音障害、嚥下障害、四肢麻痺など)
 を引き起こすことがあります。
 補正目標: 治療の際には、軽症の場合は経口での水分・塩分制限、
 重症の場合は高張食塩水点滴などを用いますが、
 1日のNa濃度上昇を8〜12 mEq/L以内に抑えることが
 推奨されています。
 患者さんのバイタルサイン、意識レベル、
 神経学的所見を注意深く観察し、
 血清Na値だけでなく、病態の進行速度や基礎疾患を考慮した上で、
 適切な診断と治療を行うことが重要です。

 2.低ナトリウム血症の治療
 患者さんへの説明を念頭に置いた形で、治療法、食事指導、
 経口補水液の使用についてご説明します。
 軽症の低ナトリウム血症(通常、血清ナトリウム濃度125?135 mEq/L程度)

多くの場合、無症状か、非特異的な軽微な症状にとどまります。
 この段階では、急激なナトリウム補正は不要であり、
 原因疾患の治療と水分・塩分管理が中心となります。
 1. 治療法の基本方針
 軽症の場合、最も重要な治療は**「原因疾患の治療」と「水分の出入りをコントロールすること」**です。
 水分制限(Free water restriction):
 なぜ水分制限が必要か: 低ナトリウム血症の多くは、体内の水分が相対的に多すぎることでナトリウム濃度が薄まっている状態(希釈性低ナトリウム血症)です。過剰な水分摂取を控えることで、体内の水分量が減少し、ナトリウム濃度が自然に上昇します。
 具体的な制限量: 通常、1日の水分摂取量を1000?1500 mLに制限することを指導します。食事や飲料の水分、ゼリーなども含めて計算する必要があります。
 原因疾患の治療:
 例えば、SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)が原因であれば、原因となっている薬剤の中止や基礎疾患の治療を行います。
 心不全や肝硬変など、他の疾患に伴う場合は、その疾患の治療を優先します。
 2. 食事指導
 食事指導も水分制限と並行して行います。
 水分摂取の制限:
 水分を多く含む食べ物(汁物、麺類、果物、ゼリーなど)を控えるよう指導します。
 お茶や水だけでなく、コーヒー、紅茶、ジュースなども水分としてカウントすることを説明します。
 喉の渇きが強い場合は、氷を口に含む、うがいをするなどの対処法を提案します。
 塩分摂取:
 一般的には、過度な塩分制限は不要です。むしろ、適切な塩分摂取はナトリウム濃度を保つ上で重要です。
 ただし、心不全や腎不全など塩分制限が必要な基礎疾患がある場合は、その疾患の食事療法を優先します。
 3. 市販の経口補水液(OS-1など)の使用について
 これは非常に重要なポイントです。
 軽症の低ナトリウム血症の場合、OS-1などの経口補水液の積極的な使用は推奨しません。
 なぜか: 経口補水液は、脱水状態の時に水分と電解質を効率よく補給するために作られています。多くの場合、ナトリウム濃度は高めですが、同時に水分も多く含まれています。
 低ナトリウム血症の患者さんが経口補水液を飲むと、水分を過剰に摂取することになり、かえってナトリウム濃度がさらに希釈される可能性があります。
 特に、水分制限が必要な希釈性低ナトリウム血症の患者さんにとって、経口補水液は逆効果になる危険性があります。
 OS-1の使用が適切となるケース:
 例外として、嘔吐や下痢による脱水が原因で、ナトリウムとともに体内の水分が失われている**「脱水による低ナトリウム血症」**(hypovolemic hyponatremia)の場合です。
 この場合、OS-1は水分とナトリウムの両方を補充する目的で使用できます。しかし、軽症の低ナトリウム血症でこの病態は比較的稀です。まずは原因を特定することが重要です。
 患者さんへの説明のポイント
 患者さんに説明する際は、以下の点を強調すると理解が得られやすいでしょう。
 「血の中の塩分が薄くなっている状態です。これは、塩分が少ないからではなく、水分が多すぎることが原因です。」
 「水をたくさん飲んでしまうと、さらに薄まってしまうので、水分を控えることが一番大切です。」
 「のどが渇いても、飲み物は少しずつにしてください。」
 「市販のスポーツドリンクや経口補水液は、水をたくさん含んでいるので、症状を悪化させる可能性があるので避けてください。」
 「病院では、血液検査でナトリウム値が回復しているか確認しながら、治療を進めていきます。」 夏に軽度の低ナトリウム血症をきたす原因についてですね。 この状況で考えられる原因は、複数の要因が複合的に関与していることが多いです。特に、高齢者の生理的な変化と夏の環境要因が重なることで発症しやすくなります。 1. 水分過剰摂取による希釈性低ナトリウム血症 これが最も頻繁に見られる原因の一つです。 熱中症予防の意識過剰: 高齢者は熱中症リスクが高いため、「こまめな水分補給が重要」と強く指導されることが多いです。認知機能が正常な高齢者ほど、その指導を真面目に実践しようとします。 「水だけ」の多飲: 汗とともにナトリウムも失われますが、喉の渇きを解消するために水やお茶ばかりを多量に摂取すると、体内のナトリウム濃度が相対的に薄まります(希釈)。特に、食事量が正常でも、間食や飲料で水分を過剰に摂取している可能性があります。 喉の渇きの感じ方の変化: 高齢になると、喉の渇きを感じにくくなる一方で、習慣的に水分を摂取するようになることがあります。その結果、無意識に水分過剰摂取になることがあります。 2. 薬剤の影響 軽度の低ナトリウム血症の原因として、薬剤は非常に重要です。 サイアザイド系利尿薬: 高血圧治療に広く使われるサイアザイド系利尿薬(ヒドロクロロチアジドなど)は、腎臓の遠位尿細管でのナトリウム再吸収を抑制しますが、ループ利尿薬に比べて尿の希釈能力を障害する作用が強く、低ナトリウム血症をきたしやすいとされています。特に高齢、女性、低体重の患者さんはリスクが高いです。 抗うつ薬・抗てんかん薬など: SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)や抗てんかん薬(カルバマゼピンなど)は、抗利尿ホルモン(ADH)の分泌を促進し、尿からの水分排泄を抑制することで、SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)を引き起こすことがあります。夏場に、これらの薬を服用している患者さんが、水分を多めに摂取することで顕在化する可能性があります。 3. 加齢に伴う腎機能の変化 ナトリウム保持能力の低下: 高齢になると、腎臓のナトリウム保持能力が徐々に低下します。腎臓は体内のナトリウム濃度を維持する上で重要な役割を担っていますが、加齢によりその機能が衰えると、ナトリウムが尿中に排出されやすくなります。 MRHE(Mineralocorticoid responsive hyponatremia of the elderly): 日本の医師が提唱した概念で、加齢に伴い腎臓のアルドステロン反応性が低下することで、軽度の体液量減少と低ナトリウム血症をきたす病態です。代償的に抗利尿ホルモンが分泌されて、さらに低ナトリウム血症を助長することがあります。 4. 軽度の不顕性脱水と、それに伴う水分の過剰摂取 発汗によるナトリウム喪失: 夏場は汗をかくため、ナトリウムが体外に失われます。食事で十分なナトリウムを補給しているつもりでも、汗で失われた分を補いきれず、相対的に水分の摂取量が上回ることがあります。 鑑別のためのポイント 問診: 内服薬の確認が最も重要です。特に、新たに開始した薬や、夏季に投与量が増えた薬がないか確認します。 飲水行動の確認: 患者さんやご家族に、「熱中症予防に水をどのくらい飲んでいるか」具体的に尋ねることで、水分過剰摂取の有無がわかります。 尿中ナトリウム濃度・尿浸透圧の測定: SIADH: 尿中ナトリウム濃度が高く、尿浸透圧も高い(尿が濃い)所見が見られます。 水分過剰摂取(多飲症): 尿中ナトリウム濃度が低く、尿浸透圧も低い(尿が薄い)所見が見られます。 これらの情報を総合的に評価することで、軽症の低ナトリウム血症の原因を特定し、適切な治療や指導を行うことができます。
  ■
  ■
  ■