海だ!(番外)「お姉さまと呼ばせて」(1)
 アルトがそのチラシを見つけたのは、ただの偶然だった。
 今、別荘に泊っている七人の内、実はアルトが一番の早起きさんだ。喫茶アルトの早い朝になれているためであり、同じく朝の早い喫茶アルト従業員美月が実は低血圧で目覚ましがないと起きられない女性であるためだ。
 なお、良夜にこの話をすると「老人は朝が早いからな……」と呟き、アルトのストローが唸りを上げたのは余談である。
 寝床にしているカフェオレボールの底で彼女は何度もでんぐり返しになりながら、服を身につけていく。数回ほど女性として死んでも見せちゃいけないところが露わになっていたが、今のところ男部屋が開いた様子はなし。問題はない。
「ふわぁ〜〜〜よっく寝たわね」
 いつものゴスロリドレスを着て、背伸びを一発。コキコキと固まった方をストレッチで伸ばすと、戸棚の戸を開いてダイニングへと飛び降りる。すぃ〜〜〜と羽を開いて見事、テーブルの上に着地。
「十点十点八点九点九点十点!」
 ピシッと両手を開いて満面の作り笑顔ではいポーズ。周りを見渡してみても、小ネタを拾ってくれる誰かさんはそこになし。ちょっぴり寒くなる心に蓋をしながら、彼女はトコトコとテーブルを横断する。特に目的地があるわけでもないが、他の連中が起きてくるまで朝食もモーニングコーヒーもお預け。いつ起きてくるのか判らないのならば、ちょっぴり朝の散歩も悪くない。
 彼女はそう心を決めると、テーブルの端っこからぽーんと宙に舞い上がった。目指す先はシンク上の換気扇。油煙の溜まった換気扇、そこを汚れずに通り抜けるのは喫茶アルトでもここ別荘でも同じやり方で問題なし。
 彼女がそこから抜け出すと、未だ気温の上がっていない爽やかな潮風が彼女を包んだ。
「ずっとこの気温だったらいいのに……」
 心地良い風にうっとりと目を閉じ、彼女は胸一杯に潮の香りを吸い込む……と、油煙の香りが鼻をつく。ムッと眉が真ん中によって八の字を描く。再び、パタパタと羽ばたき、あまり活用されてないであろうポストに飛んでやり直し。
「ふぅ〜ここなら大丈夫ね……ずっとこの気温だっらいいのに……」
 律儀にも台詞まで言い直して、彼女はもう一度潮風を胸一杯に受け入れる。遠くからは潮騒の音、天高くどこまで吹き抜けてゆく。今日も一日きっと良い天気。昨日は二日酔いで泳げなかったけど、今日はたっぷりと泳いでやろう。アルトは心に決めると、クルッとその体を百八十度回転させた。
 そろそろ彼らも起きてくるだろうか? 昨日は貴美の禁酒令のお陰で誰もお酒は飲んでないし、早めに休んだから起きても良い頃なのだけど……
 ログハウス風の貸別荘を見あげ、アルトはちょっぴり悩む。まだ起きてないのなら、涼しい内にちょっとだけお散歩の足を伸ばしたいところだが、誰か――特に良夜が起きているのならば散歩は食後にしたい。
 皆が休む別荘を見あげること、約一分の半分。
「ぎゃっ!?」
 アルトの体をガサガサとした何かが包み込む。
「何よ……」
 潮風に煽られ、それはアルトの体にまとわりつき離れやしない。それどころか、彼女の体まで大空に巻き上げんばかりの勢いだ。そこからなんとか抜け出し、アルトは人心地。まとわりついていた物をガバッと広げて、彼女はまたもや大きな溜息をついた。
「はぁ……どんなところにもある物なのね……こういう物って……」
 美辞麗句の並ぶ紙切れはいわゆるチラシ。現金収入の乏しいアルトちゃんにとって、その手の物は全く不必要な物だ。こんな物に朝っぱらから巻き付かれるとは、今日は一日大人しくしてた方が良いのかも知れない。そう思って見あげると、先ほどまで良い天気だと思っていた空もなんだか、雷混じりの夕立を予感させる物に早変わり。
 乱暴に破り捨てようと下手がふと止まり、彼女は再びそれに目をやった。まじまじと改めてその紙切れを注視してみる。彼女には全く不必要な物だが、それが必要とする人間がここに一人いる。もしかしたら彼が喜ぶかも知れない。場合によってはちょっぴり面白いことになるかも……
 アルトはキョロキョロと周りを良く見渡す。未だ早朝ともあって周りに人影なし。彼女はそれを十分に確認すると、そのチラシを丁寧に折りたたみ、換気扇の隙間から室内へと持ち込んだ。
 そして、未だ誰も起きてきていないダイニングキッチンの上にそのチラシを丁寧に伸ばして設置する。もちろん、一番大事な文言――
『新台入替え! 十時開店!!!』
 この文字が二条陽の目にばっちり止まることを祈って……
 そして、十五分後。二条陽は別荘を飛び出す。
「すっ凄い……本当にパンを咥えて走っていく人間なんて、初めて見たわ……」
 あまりにも思惑通りな展開にアルトは開いた口がふさがらなかった。

「そう言うわけで邪魔者が居ない以上、今日の予定は決まったも同然やね」
 陽が別荘を飛び出して小一時間後。『稼いでくる』の書き置きを目にした貴美はまだ惰眠を貪っていた連中をたたき起こし、一つテーブルを囲ませた。そのテーブルにはタイマー仕掛けの炊飯器から出したばかりの熱々ご飯とお湯を注いで完成のインスタント味噌汁に、挽き割り納豆と生卵、味付け海苔と厚焼き卵。一応、吉田貴美作だが作ったのは厚焼き卵だけだというのは、公然の秘密だ。
「邪魔者……って……」
 陽がパチンコ屋に走り、総勢五名プラス妖精一人になったダイニングは彩音の取調室だ。その取調室、牛丼代わりの納豆ご飯を目の前に、河東綾音の顔からは血の気が引いていた。
 もちろん議題はただ一つ!
『二条陽って何者!?』
 これだ。
「すごぉぉぉぉぉぉぉぉく、気になりますよねぇ?」
 三日目、お外はピーカン良い天気だというのに、美月は根っこが生えたようにダイニングの椅子から立ち上がろうとはしない。昨日、あんなに良夜相手に海に行こうと主張した女とは思えない。
「……あっ……あの、でも、お姉さまはこういう事をあまり好まれないので……」
 おずおず……まるで迷子になった子犬のような表情で彩音は周りを見渡してみる。最初から聞く気満々の貴美とすでに近所のおばちゃんみたいな表情の美月、この二人は明らかに敵だ。だったら、その二人の恋人は――
 目を逸らした。
 速攻である。目を見るどころか、最初から彩音の方なんて見てやしない。彼ら二人は『話しかけなくで下さい。僕らは哀れな子羊です』というようなオーラを身にまとい、直樹が納豆ご飯、良夜が生卵ご飯とそれぞれはじゅるじゅると下品だが美味しそうにかき込んでる最中だった。
「あっ……あの……」
 恐る恐る彩音は声を掛けた、一縷の望みを掛けて。しかし、二人の対応は素っ気ない。
「いやぁ〜この卵ご飯、美味いよな! 厚焼き卵に卵ご飯って組み合わせが最高だな! なおきぃ!」
「そっ、そうですよね〜納豆ご飯もインスタントの味噌汁との組み合わせが、なんか絶品っぽい感じですよ。良夜君も食べます? 納豆ご飯」
「俺、納豆駄目なんだよな〜」
「そうなんですか? あははは」
「そうなんだよ! あははは」
 ぎこちなく不自然で意味不明な会話は出来損ないのホームドラマのよう。二人は明らかな作り笑いを交えながら、ホームドラマの出演者を演じ続ける。決して綾音の顔を見ることはせずに。
 なんて駄目な人たちなのでしょう? 彩音は即座に白旗を揚げる二人から視線を切ると、再び二人の女性へと視線を向けた。その二人の女性はスチャッと両手をテーブルの上に掲げると、その細い指先や少し荒れた指先をワキワキと何かを揉むような仕草で動かし始めた。
「あやちゃん? 帰ってからひなちゃんに脇腹つままれるのと――」
「今すぐ、私たちにつままれるの、どちらが良いですか?」
 貴美と美月は二人で半分ずつ、絶妙のコンビネーションで台詞を分担する。それを聞きながら、彩音はさめざめと涙を流した。ひとしきり泣いた後「ここだけの話」と何度も繰り返し念を押し、ゆっくりと口を開いた。
「……はぁ……わたくしとお姉さまが出会ったのは高校一年の晩夏……いえ、初秋のことでした……」

 がたんがたん……規則正しく電車が揺れる。電車の中は通勤客や通学客であふれかえり、立錐の余地すら危うい。幾分涼しくなってきた十月初頭は言え、密着してくる他人の体に誰もうんざりとした表情を見せていた。
 その中にたたずむ一人の女子高生がいた。きわめて黒に近い濃紺のセーラー服は最近の学生としては少し長め。肩口で揃えた髪も生まれ落ちた時と変わらぬ黒髪。昨今の学生としては非常に地味な印象を与える彼女、河東彩音はつり革に手をやり、満員の電車に揺られていた。
 高校一年の秋、河東彩音は学校へ行くことが嫌いで仕方がなかった。
 引っ込み思案のせいで友人は多い方ではないが、仲の良いグループで一緒にお弁当を突き合うのも楽しければ、一緒に勉強をすれば不得意な教科もはかどる。もちろん、親しい友人ではないクラスメイト達ともうまく行っていないわけでもない。教師とて同様だ。口うるさい人も中にはいるが、それとて生徒のことを思っての口うるささであることを彼女の理性はちゃんと理解している……時々感情が理解を拒むこともあるが、概ね平均的高校生よりも教師とは良い関係を結べていた。
 では、何故学校に“行くこと”が嫌なのか?
 深く俯いていた顔がピクンと跳ね上がる。しかし、直後には再び顔はうつむき、つり革を握る手が小刻みに痙攣を繰り返す。意識の全ては一カ所、人よりも大きめのお尻、その上を這い回る物体へと集中する。
(今日こそ声を出さなければ……)
 心の中でもう一人の自分が彼女に命ずる。しかし体はその命令を受け入れない。嫌悪感と恐怖、背中を走るおぞましさに彼女の体は全ての命令を拒否し、変わりに全身に不必要な緊張感だけをみなぎらせる。
 痴漢だ。
 それが彼女の「学校に『行くこと』が嫌」の理由だった。
 週に一度か二度、彼女は痴漢に出会う。出るところは出て引っ込むところは引っ込むスタイルと、地味目で気の弱そうな雰囲気に引きつけられるのだろう。そして彼女の内面は客観的評価通りに地味目で気が弱くて、挙げ句に引っ込み思案。痴漢するならオススメ物件だった。
(気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い……)
 声を出さなきゃ……の思いはいつしか気持ち悪いに変わっていく。気持ち悪い一色に染め上げられた心は彼女の体を凍り付かせ、身動き一つ取らせない。
 そんな時間は短くても十五分、長ければ三十分ほども続く。
 プッシュー
 空気の抜ける音が響き、目の前のドアが開いた。そこは彼女の目的の駅の一つ手前。それでも彼女は転げるようにドアから飛び出すと羞恥に染まりきった顔を、プラットフォームから抜け出す電車へと向けた。
「おっ……男なんて……男なんて……!!」
 高校一年の秋、河東彩音は学校へ“行くこと”と男が大嫌いで仕方がなかった。

 その日のお昼休み、彩音は自身の席の前で、背もたれをまたぐようにして座る友人、種島聖子(たねしませいこ)と話をしていた。短く刈り込んだショートヘアーに女子校としては珍しく真っ黒に日焼けした肌、一見すると陸上でもやってそうな彼女は実は写真部在籍。日焼けは全て撮影旅行のたまものという活発的な女性だ。
 食後の憩いのひとときを、二人はいつもこうして潰していた。
「彩音、今日も泣き寝入り? 一発、ぶん殴ってやろうか?」
 山にも登れば海にも潜るというオールラウンダーな女性は力こぶを作るような真似をして見せた。実際、彼女なら痴漢なんて二−三発ぶん殴ってそのまま警察にでも突き出してしまうだろう。
 しかし、彩音は千切れんばかりに大きく首を振った。
「やっ、止めてください。恥ずかしい! わたくしは貴女に相談するのだって凄く悩みましたのよ? それに種島さんのお宅は学校を挟んでうちとは逆ではないですか……」
「まあ……確かにね。彩音ンちに行こうと思ったら学校の前通り過ぎちゃうけど……」
 聖子は背もたれに肘をつくと、その肘を枕代わりにした。斜め下からの視線、その視線に合わせ彩音が下を見ると彼女の日に焼けた太ももがスカートからにょっきりと伸びるのが見える。
「……種島さん……」
「どーせ、女しか居ないんだから」
 大きく開いた足に彩音が眉をひそめれば、聖子は女子しか居ない周りを指でさして示した。
 二人が通う私立英明学園は一応共学ではあるが、クラスは男子と女子で別々という変わった学校だ。家政科や看護科をメインとした元女子校と言うこともあって、未だに男子は極端に少なく、少ない男子を全クラスに配分すると男子の居場所が非常に小さくなってしまうが故のクラス分け。お陰で学内は共学でありながら女子校然とした雰囲気が強い。
「まっ、男嫌いの彩音には丁度良いかもね」
「……わたくしが男嫌いになったのはここ三ヶ月です。中学の時は――」
 聖子が少し意地悪な笑みを浮かべてそう言うと、彩音は半ば咄嗟に言葉を紡いだ。そして自身が紡いだ言葉にハッとした表情を見せ、彩音は口をつぐむ。
「あこがれの同級生とかいた?」
 つぐんだところで後の祭。物珍しい言葉に聖子の顔はパッと明るくなったかと思うと、ひときわ彩音へと顔を近づけ、一歩も引かぬ決意を彼女に見せつけた。
「誰!?」
 イエスもノーもない間に自らの質問の答えを勝手にでっち上げる。そのでっち上げた言葉が正解だと言うことが彩音には耐えきれない。彼女はゆっくりと視線をそらす。周りでは彼女たちと同様に短い昼の休み時間を思い思いの雑談で潰すクラスメイト達の姿。そこの辺りから視線をクルッと一回りさせ、彩音は再び聖子へと視線を戻す。そこには相変わらず引くつもりなど微塵も見えない親友の顔があった。
「……種島さんは知らない人です…………」
 諦めたように呟く。彩音は呟きながら、別の学校……彩音が見事に砕け散った学校へと進学していった元同級生の顔を思い出していた。
「もしかして別の学校? もう、詳しく語りなよ!」
 あの学校に進学できていたら……嫌な電車通学もせずに済んだだろうし、男嫌いにもならず……そして、あの男の子と……うるさい。
 彩音の感慨は聖子には伝わるはずもなく、彼女は聞かせろ教えろと一歩も引きはしない。志望校進学と共に消え去った初恋の思い出も聖子の賑やかな声にかき消され、今あるのはこの小うるさい親友から如何に逃げ出し、平和に授業を受けるか? だけに集約されていく。
「……黙秘します」
 プイッとそっぽを向く彩音に聖子はすっくと立ち上がって大声を上げた。
「みんな! 彩音が中学時代のあこがれの男の話を語るって!!!」
「うっそぉ!! 河東さんが!?」
 彼女の周りはあっという間にクラスメイトほぼ全員が集まり、口々に「誰?」だとか「どんな人?」だとか色めき立つ。その中心、逃げることはおろか、もはや立ち上がることすら出来なくなった彼女は今朝までの思いを撤回することに決めた。

 そして翌日……彩音はやっぱり電車に乗って学校へと向かっていた。
 相変わらずの満員電車……一本電車をずらしてみたのだが、ラッシュ時間のこのタイミングではどれもこれも五十歩百歩、あまり有効な対策とは言えないようだ。他にも家族に送迎を頼むとか、自転車で通うとか、色々と違う通学方法を考えてみた物の……家族、特に父親に「痴漢されている」というのは恥ずかしい。自転車は遠すぎて無理……等、結局、同じ痴漢に目を着けられないよう、時々乗る電車の便を変えるくらいの対応策しか考えつかなかった。
 プッシュー
 自宅最寄り駅から三つめ、学校まで駅は後七つ。電車のドアが開くと、またもや多くの人が中に乗り込んでくる。彩音は出来るだけ壁際から押し込まれように力を込める。しかし、その努力も圧倒的な人波の前では無力。ドアの横にあるバーは彩音の手から離れ、彼女はそのバーを恨めしく見つめるだけ。
 つり革にすら手の届かぬ状態、もしかしたらこの便が一番混むのかも知れない。そう思うと三つ分も早起きして電車に乗った自分が馬鹿みたいだ。
 そして……
 ビクン!!!
 彩音の体が震えた。勘違いだと……ただの不幸な事故だと思いたい。しかし、ねっとりとお尻の上を動くそれが彼女の期待を裏切る。
(折角三つも……!!)
 三つも電車を早めたのに、なのか、三つも早めたから、なのか……それは良く解らない。ともかく、二日連続の痴漢に綾音の顔から一気に血の気が引いた。
(もう嫌……学校を変わろう……)
 彼女はそこまで思った。もう電車通学は出来ない。と言うか、二度と電車になんて乗る物か。背中を駆けめぐる嫌悪感と鳥肌でぼこぼこになった腕を抱え、彼女は心に誓う。もう『声を出さなければ』との思いすら心をよぎらない。
 そんな思いを知りもしないのか、想像すらしないのか、男の乱暴な手は彩音のヒップの上を何度も何度も行き来する。その手が動くたびに彩音は吐き気を催すような嫌悪感にさいなまれた。
(助けて……)
 身動き一つ取れぬ体の中で彩音の心だけがむなしい悲鳴を上げ続ける。それは彩音の体の中から一歩もあふれ出ることはなく、周りの人間は痴漢の仲間かと思うほどに彩音に注意を払っては居なかった。
 ただ一人、赤毛の女子高生を除いて。
「いたたた!!!」
 男が悲鳴を上げた。彼はサラリーマン風の人物だった。どこにでも居る……どちらかと言えば真面目風のおじさん。そのおじさんの手を一人のセーラー服姿の女性がねじり上げていた。
 彩音よりも頭一つ高い身長包むのは白いセーラー服。彩音が受験し、失敗した学校の制服だ。まだ十月だと言うのに顎までマフラーに突っ込んだ彼女は、赤い前髪の向こう側から男に侮蔑の視線を送る。
『私は痴漢』
 そう書いたメモ帳を男の手に握らせる女性、彩音は今までの嫌悪感も忘れた。男相手に一歩も引かぬ凛とした振る舞い、何をされても顔をうつむけるしかなかった彼女にとって、その振る舞いはあこがれを現実にしたような物。
「ちっ、違う!!」
 握らされた紙切れを破り捨て、男は声を荒げる。しかし、白いセーラー服の彼女は不機嫌そうに眉を寄せたまま、男の手を離しはしない。その手は男が暴れようとも、逆に男の腕をギリギリとねじり上げていった。。
『あたしは見てた 証人』
 あらかじめ書かれていたページが男の前に突き出され……るついでに、男の鼻っ柱にヒット。掌底のように掌がメモ帳越しに男の顔を捕えれば、男はギャン! と抜けたような悲鳴を上げ、大人しくなる。彼女はそれに少しだけ頬を緩ませると、すっと彩音に手を差し伸べた。
 彩音はその手を取ることも、それどころかここがどこだかも忘れ、大声を上げた。
「おっ、お姉さまと呼んでも良いですかっ!?」
 その言葉に彼女……ではなく、彼、二条陽はきょとんとした表情で数瞬の間、綾音の顔を見下ろす。そして、少しだけ困ったような笑みを浮かべるとメモ帳にペンを走らせた。
『OK』
 これが河東彩音と二条陽、二人の衝撃的な出会いだった。

 ここまでの話を聞き終えた妖精さんより、一言承っております。
「やっぱり、この子もかなり変!」

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