杉村春子さん、ありがとう 徳島新聞(1997.4.14)
言葉にならない複雑な思いが、その瞬間、頭をかけめぐった。杉村春子さんの訃報…。もちろん入院されたことを知ってはいたが、僕には現実感がどうしても伴わなかった。それというのも昨年11月『華々しき一族』でお会いしたばかりだったし、今年2月には病室から直筆のお手紙を頂いたばかりだったからだ。
その手紙は、「四国市民劇場特別賞」を差し上げたことへの礼状だった。「体調をくずして入院していますが、ちょっとしたお休みをいただいたと思っております」「これをはげみに、はやく元気になって舞台で皆様にお会いできるのを楽しみにしております」と、見慣れた優しい筆致でつづられていた。
文化勲章を辞退されても、観客からの賞はいつも喜んでくださった。励みになる、と。しかし観客の僕たちの方が、どれだけ大きな励ましを受けてきたことか。
『欲望という名の電車』『華岡青洲の妻』『ふるあめりかに袖はぬらさじ』など数々の名舞台は、そのつど多くの観客を魅了し、鑑賞運動への活力となった。また、舞台だけでなく、演劇文化や消費税問題など、時々の社会的な発言も爽快で印象に残る。気骨ある役者魂、それが文学座分裂や後継者との別れという苦境を乗り越える力になったことは間違いない。優しさと強さ、それを特に僕たちは敬愛し続けてきた。
その人生の大先輩から、「飲みすぎちゃダメよ、あなた」と言われるのが、僕にはとても楽しく、妙にうれしかった。ついに幕を降ろしたとはいえ、これほどの凛とした「女の一生」を、僕たちはいつまでも忘れない。カーテンコールの今、心からの感謝をこめて、みんなとともに大きな拍手を送りたい。でも、二度と上がることのない幕を見つめながら客席にいるのは、やはりとても寂しい…。 (三宅 修・徳島市民劇場事務局長)