人として生きる2002.5.11 徳島新聞夕刊「視点

 

 

 タバコを吸い続けて肺がんになったら、あきらめはつかなくとも自業自得といえる。体に悪いと知りつつ、この原稿を書きながら「がんの元」を手放さない時代遅れの私も、それは覚悟の上だ。しかし、たまたま就いた仕事で、塵埃を吸い続けて肺が浸され、生きることに塗炭の苦しみを背負わされるとしたらどうだろう。これは決してその人のせいではなのだ。

 

 「ジンパイ」は「ユージホーセイ」同様に日常的な言葉ではないから、その危険性のわりには知らない人が多いのだが、「塵肺」と書けば何となく分かるだろう。炭鉱や造船の職場、トンネルや高速道路の工事現場などで粉塵を吸い込むことで起こる病気だ。

 

 炭粉や石粉は少しくらいなら体内で溶けたり、吐く息や痰で対外に排出されるようになっているが、それも長期間・多量になると自浄作用が追いつかずに肺が侵され、繊維化してその機能が失われるのだ。ひどい息切れで労働も日常生活もできなくない、免疫力の低下を招き肺がんなど他の病気にもかかりやすくなる。

 

 この人類最古にして最大の職業病は、今も毎年千二百人もの重症者を出していながら、悲惨な実態はそれほど知られていない。恥を明かすが、私なども、損害賠償を求める集団提訴のときだけ胸を痛め、和解成立の報道に接したときだけ胸をなでおろしただけの、一過性の読者だった。忘れることは知らないことと同じく恥ずかしい。

 

 喫煙者の肺がんのように「身から出たサビ」ならともかくこんな職業病に侵された当人や家族の悔しさと苦しさは、なまはんかな言葉では言い表せまい。それだけに、事実を映像で伝える運動は貴重だ。このたび、現実の「じん肺」裁判と並行しながら、全国で記録映画「人として生きる」の上映が始まった。全国千カ所百万人・徳島八千人の鑑賞をめざしているそうだ。

 

私たちがふだん何気なしに通過するトンネルや道路の工事でこんなに多くの犠牲者を生んでいたこと、大きな恩恵を受けてきた経済成長や文明の発展にそんな闇の部分があったことを思い知るに違いない。まさに「高度成長の負の遺産」だ。

 

 その危険性を認識しながら、経済効率優先で十分な防止策を怠ってきたゼネコンや公団、そして国の責任は重い。為すべきは「謝り、償い、無くす」ことだろう。

 

 じん肺も心配もない世の中に…。今日はだじゃれを慎もうと思っていたが悪いクセが出た。ごめん。でもお薦めしたい。ぜひこの映画を見よう。(修)


2002年5月の上映運動は大成功でした。感動を広げました。    目次へ