出会いの風景   俳優 鈴木瑞穂さん 徳島新聞(2000.6.13  

 

 

 私は歳をとるのが楽しみだ。そういうと不思議な顔をする人が多い。

誰しもツヤのある肌や引き締まった身体は失いたくはないが、これはあがいてもどうしようもないことだ。

 

 結構いいスタイルだと自負していた私も、この10年で5キロは太り、最もぜいたくな30万円の背広も窮屈になってきた。

生来のものぐさで、運動といえば、会員制の演劇鑑賞会「徳島市民劇場」で楽しい文化「運動」をしているだけだから自業自得だ。

 

腹のぜい肉をつまむとき、いつも名優・鈴木瑞穂さんの精悍で優しい笑顔が思い浮かぶ。

瑞穂さんは、劇団民芸、劇団銅鑼を経てフリーの役者として活躍している。知る人ぞ知る天下の名優である。

 

先月下旬、NHKテレビ「その時歴史が動いた」でダルマ宰相こと高橋是清を演じていたし、その渋い声を生かして、映画「ゴッド・ファーザー」のマーロン・ブランドのアテレコやさまざまなナレーターなどにも引っ張りだこだ。

しかし、“缶詰食品”のテレビより“生もの”の舞台が好きだと、いつもキッパリおっしゃる。その役者魂が爽快だ。

 

瑞穂さんとの幸せな「出会い」は、1971年、劇団民芸『想い出のチェーホフ』で来徳されたときだった。

奈良岡朋子さんと共に、市民劇場機関紙用のインタビューに応じてくれた。(名優二人同時にやったのだから僕も心臓が強かったもんだ)

爾来30年、私が東京の楽屋を訪ねたり、飲み会に同席したりなどのお付き合いをさせてもらってきた。 

 

冒頭に「歳をとるのが楽しみだ」と書いたが、これは瑞穂さんをはじめ、杉村春子さん、宇野重吉さんら魅力的な大先輩に、市民劇場の活動を通して親しく接することができたゆえだ。 この方たちの洒脱で決然とした見事な生き様には憧憬の念を禁じえない。

 

宇野さんの愛弟子で、滝沢修さんの後継者だった瑞穂さんは、「創造理念」の違いで劇団民芸を退団しながら、ずっとお二人を尊敬されていたが、私も瑞穂さんを尊敬し私淑している。

東京でテレビやラジオに出演していれば身体も楽だし、トップ俳優としてかなり稼げるはずだのに、生の舞台に命をかけて地方巡演をいとわないことをよく知っているからだ。

 

師匠の滝沢さんから役を引き継いだ『子午線の祀り』は演劇史に残る大作だし、民芸時代の『るつぼ』、銅鑼での『炎の人』など代表作は数え切れない。

殊に重厚な役柄では、右に出る者はいないだろう。

 

そういった見事な舞台を生み出すため、かつては演劇界一の酒豪だったのに、夜9時を過ぎたら飲食をしないという自制ぶり。これは、私には真似ができない。

それでも、昨年5月に『橙色の嘘』(東京芸術座+銅鑼)で来演したとき、自ら禁を破って痛飲してくれたのは嬉しかった。

「豪快で女優にもてるのが僕と共通してますね」と冗談で言ったら、破顔一笑、一升酒になった。

それでも、この舞台では数十回の腕立て伏せを披露し、熟年医師を若々しく演じてくれた。 いつも先に酔いつぶれる私は、頭が上がらない。

 

酒の強さや若々しさは驚嘆に値するが、何よりその硬骨漢ぶり、信念の強さが私は大好きなのだ。

社会や政治の不正・不条理に青年のように怒る姿が、「ああ、私もこう生きたい」と思わせる。政治的な発言を躊躇する役者が多い中、その潔さはいつも光っている。 

ああ、やはり瑞穂さんのように歳を重ねたい。 そう思うからこそ、歳をとるのが楽しみなのだ。

 (徳島市民劇場事務局長・三宅修)

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