鳥インフルエンザ2004.2.27掲載徳島新聞 

 

 

 苦い思い出を告白しよう。中学2年生、あの頃はまだまだ子どもで、何度か人を傷つけることをしたものだ。その年の冬、インフルエンザが流行し学級閉鎖が相次いでいた。私のクラスもあと1名でそうなるというので、悪童たちは二階の窓から登校する同級生を数えつつ「期待」に胸を膨らませていた。

 

 始業直前、もう確実という時に、よりによって、今でいう引きこもりを続けていた「菊太郎」がトボトボとやってくるではないか。私たちはいっせいに、「帰れ帰れ」の大合唱。驚いた顔を見せ、彼は何も言わずにきびすを返した。当然ながらそれを知った担任が烈火のごとく怒り、私が呼び戻しに行かされた。半泣きで謝った。その後は、TVドラマのように、菊太郎の登校拒否も無くなり友情が深まったものだ。親しい交友は、私が転校するまで続いた。インフルエンザにまつわる、苦いがハートフルな思い出になった。

 

 長いマクラから「バードフルー」に話を振ろう。高い致死性の病原性を持つ「鳥インフルエンザ」が、79年ぶりに日本襲来。先月、山口県の養鶏場で死んだ15千羽と、大分県の愛玩チャボから凶暴ウイルスが発見されたのだ。BSE、コイへルプス、SARSと次々と生まれる新しい感染症は、国際政治の不穏な動向と同様に不気味だ。

 

 東南アジアだけでなく米国でも発見、世界的な広がりの様相さえ見せている。ヒトの健康のために殺処分される無数の動物たちが哀れだし、養鶏業者や牛丼・焼き鳥・焼肉店などの大打撃も気の毒に思う。

 

 鳥インフルエンザでいえば、普通はヒトでは発病しないそう。ただ、同時に鳥とヒトのウイルスを取り込むと、体内で人間へも移る新型が生まれるというからやっかいだ。そんな事態になれば、大変な時代になる。私たちが生まれるずっと前に大流行したスペイン風邪の悪夢が現実味を帯びるのだ。なんでも当時は、世界中で六億人が患い、二千五百万人以上、日本でも五十万人が死亡したとか。そこらの戦争も顔負けだ。

 

 幸い、山口も大分も終息宣言ができそうで一安心だが、今後も油断はならない。まずは、発生源と感染ルート(鳥の渡り?)を解明し、連鎖を絶つことだ。新ワクチンの開発を待ちたいが、予防が一番。そして「敵を知り、恐れるな、あなどるな」精神で、肉好きの私たちみんなが冷静に対応し、風評被害を抑えるべきと思う。

 

 発生農家に嫌がらせ電話が多くかかったと聞く。心ない言動は慎んでほしい。私も昔のインフルエンザを思い出しつつ、改めて「菊太郎、ごめんな」。

 

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