備えあれば憂いあり 

2002・4・24 徳島新聞 

 

反戦意識の無い小泉さんが首相になって最もやりたかったのは、戦争体制づくりではないのか。ハンセン病裁判の控訴を断念して謝罪したときだけは「殊勝」だなと思ったが、それ以外は不人気のきわみだった前首相と、見かけはともかく中身はちっとも変わらない。だからやっぱり日本経済はますます泥沼化し、国中に息絶え絶えの苦渋の声が満ちている。

 

そしてとうとう、最多の苗字の田中さんや鈴木さんらがマスコミをにぎわしている間に、「ユージ」とかいう隠し子が飛び出した。ユージと聞いて浮かぶのは、政治無関心層には三宅祐司か古くは南都雄二くらいで、ピンとこない。生活の防衛に終われる庶民は、多くが「ユージってどうゆう字?」くらいのもんだ。そんな今がチャンスと見たのか、「有事」三法案が国会に提出された。恐ろしい法律だ。福田元首相の言葉「万万万万一」にもありえない「外国からの武力攻撃」に備えてというのが大義名分。

 

米ソ冷戦のころは「仮想敵国」とやらが公然の秘密として語られていたが、昨今は防衛庁長官はじめタカ派政治家でさえ「日本を攻める能力がある国は無い」と口にしていたのに…。ずっと以前からひそかに研究を続けながらも、決して国民の賛同を得られないものだから、戦後57年、戦時法案が国会に提出されることは一度も無かったのに…。

 

しかし今度は、たとえ現実の攻撃がなくても、それが「予測される」場合に発動される、ときた。これは怖い。攻撃される「恐れ」と首相が認めたらゴーなんだから。

 

そのうち小泉さんは首相でなくなるが、次かその次かの首相がひとほえすれば憲法停止状態になる。自由や人権など木っ端みじん。自衛隊の武器使用に国会の承認はいらないし、陣地をつくるためには所有者の承諾なしで家を壊せるし、どの自治体も核積載艦の寄港を拒否できなくなる。NHKや民法も、NTTやJRも、官民問わず強制的に「戦争をする体制」に組み込まれる。

 

もちろん、協力を拒む人々は「非国民」で処罰される。まさに、平成版・国家総動員法なのだ。宿望していたと思いきや、自民党の元幹事長・野中さんすらも「これは米軍と自衛隊のための法律で国民を守るものではない」と反対しているほどだ。

 

「備えあれば憂いなし」というのは、防ぎようのない天災に使う。世界に誇れる憲法を守り、信頼され尊敬される外交を展開することこそが、真の国防だと私は思う。「備えと憂い」が「お供えと霊」になったら、もう最悪。

 

 

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