人魚のすむ海 1998.2.7 徳島新聞夕刊「視点」 

 

 

 子供のころ、サンタクロースや天狗や人魚が実際にいると思っていた。特に人魚は、デンマークの童話だったのだろうが、その悲しい結末が長く心に残ったものだ。もう細かいところは覚えていない「人魚姫」のお話。人魚のお姫様が人間の王子に恋をするが、結ばれずに最後は海に身を投じて泡になる、ピュアな愛の物語だ。

 後年、「人魚」は、ある種の哺乳類を漁師が見間違えたものだろうと何かで読んだ。私が「ジュゴン」という名を知ったのは、その時が初めてだったと思う。

 月夜の渚や磯で、泳ぎ疲れた体を休めるロングヘアの美女(人魚)の正体がジュゴンとは…。一少年の夢やロマンは泡のごとく消え去った。そのかわりに、授乳するときの姿格好が人間そっくりと聞いたことで、新たな愛着を覚えたものだ。そのジュゴン、世界的な海洋汚染の進行とともに、すむ地域がかなり狭まっている。

 つい最近のニュースでは、ヤンバル(沖縄本島北部地域)の海で相次いで目撃され撮影もされた。名護市の海だ。那覇にもいなくて名護の海にだけいるそうな。

 折も折り、名護市では大変な市長選の真っ最中。昨年来、全国から耳目を集めてきた「米軍海上基地」問題で揺れている。住民投票の結果は基地建設反対が賛成を大きく上回ったのに、前市長が住民の意思に反する「受け入れ表明」をして辞任した。ジュゴンならずとも、開いた口がふさがらない。

 「私が政治生命を投げ打って海上ヘリポート問題は決着をつけた」と胸を張っているようだが、心から拍手するのは限られた人たちではなかろうか。今でも、あの時のあの人の「してやったり」という笑顔を思い出す。悪家老が従順な悪代官に「ういやつじゃ。ちこう寄れ」という時代劇によくある場面も思い浮かんだ。

 でもやっぱり、あの投票結果を見たとき、米軍基地という「火事」の対岸にいる私にさえも、住民の基地反対という意思が厳然と伝わったものだ。せっかくの住民投票だ。条例どおり、結果は最大限に尊重すべきと思う。

 ここ数年、地域の大きな問題での住民投票が流行ぎみだ。「選良」であるべき首長と、有権者の意思が大きくかい離していると感じる昨今、この種の投票は、具体的な政策で信を問うという意味で、とてもいいことだし、徳島でも必要だと私は思う。

 もの言わぬ羊のように見える有権者の回答が、いかに峻烈で気に入らなくても、踏みにじってはならない。

 童話の人魚姫はかなわぬ愛に殉じて泡になったが、2015年までに基地撤去をめざす沖縄県の「アクションプログラム」と祖国愛を水の泡にしてはなるまい。

そしてぜひジュゴンという「人魚」のすむ海を守ってほしい。注目の名護市長選は、あす投票だ。

目次へ戻る  表紙へ戻る