コメ泥棒 2003.10.10掲載 徳島新聞夕刊  

 

「天高く馬と女の肥える秋」なんて軽口をたたいていた頃は、それが「毎年秋に元気な馬で襲撃してくる敵に備えよ」という警句だということを知らなかった。だが、昔も今も、馬も人間も、秋は食欲が最も増す季節であることに変わりない。

 

今年もまた、小松島で農業を営んでいる友人からおいしい新米をプレゼントされた。三十年ぶりとかの凶作でブランド米なんかは何倍にもなろうかという時代だけに、よけいありがたい。おかげで私は、米寿までは生きられそう。

 

幸い農民のみなさんが創意工夫・研究を重ねて収穫量を増やしてきたおかげで、江戸時代の飢饉みたいなことはなくなったが、またすぐ古い備蓄米やウマくないらしい外米が幅をきかすようになるかもしれない。そんなコメ高騰状況を反映して、コメ泥棒が全国で横行している。

 

もちろんコメだけでなく、野菜やスイカ・イチゴ・メロン・アワビなど果物・海産物の高級品種もターゲットだ。この一年で六百件、被害総額は六千万円に迫っているそうだ。手っ取り早く換金できる単価の高い銘柄米などは、中でも一番の狙い目なのだろう。下校時に柿やイチジクをいたずら半分でもぎったりした昔の子どもには目くじら立てるほどでないが、昨今の農作物窃盗団は許せない。

 

飢えた子どもや病気の母親に食べさせたいあまりの出来心といった貧しいコソ泥ではない。毎年秋に肥えた馬に乗ってくるどころか、深夜にトラックで乗りつけ、倉庫の鍵を壊してごっそり持ち去る。その大掛かりで暴力的なところは古代中国の馬賊顔負け。コメ泥棒にもピンからキリまであるとはいえ、こんな勤勉・労苦の結晶をピンはねするのは、これっキリにしてほしい。

 

それにしても、昨今の人心腐敗ぶりは目にあまり、出口の見えない経済不況には暗澹たる気持ちになる。年金や雇用の先行き不安とか働き盛りの減収・若者の失業増が、どんどん日本社会の活力を減退させていく。その一方で、「昨日まで普通の人」の犯罪が増えて、無差別化や低年齢化も著しい。どの世論調査でも、十年前より暮らしが悪化したという人が五割を越えるのだから、「小泉政治よ、どうにかならないの」と言いたくなる。

 

その時どこからか、「そうだね、主役の米を大事にしないといけないね」とピント外れの声が聞こえてきた。「国際社会では米が主役だし、私にとっては米が主人だ」と続いた。声の主を見ると、どこかの国の総理大臣だった。これは悪夢。(修)

 

目次へ戻る  表紙へ戻る