火星大接近 2003..27掲載 徳島新聞夕刊「視点」 

 

 

 もう今では、火星人が攻めてくるなんて考える人はいるまい。でも一時代前の「宇宙人」は、みんな悪玉のイメージだった。タコとクラゲが合体したような火星人の想像図には、頭脳が発達してるので頭が大きく、重力が小さいから胴体と手足が退化したなどと、もっともらしい解説がついていた。

 

 他にも、一つ目の巨大なヒトデのようなものもいたっけ。すべてが地球人より遥かに進んだ科学技術を持っており、凶暴でグロテスクだった。そして、映画や漫画のほとんどが「襲来」もの。かなりの人が不気味な火星人の存在を信じていたのだろう。

 

 1939年のアメリカでは、火星人が地球を攻撃する『宇宙戦争』という実況スタイルのラジオドラマが、一大パニックを引き起こした。数百万人の聴取者がリアルタイムの「現実」と思い込んだのだ。有名なエピソードではある。勿論、当時のナチズムへの恐怖や世界恐慌の記憶が人々の不安感を増幅したこともあろう。

 

もとより、「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」というように、考えや行いはその人のレベルや性質を反映し、環境にも左右されやすい。だから、地球上に戦火が絶えなくて強国の侵略が続いた時代には、宇宙科学の未発達もあって、好戦的で侵略的な火星人を想像する人が多かったのは当然かもしれない。

 

 だが、惑星探査ロケットが月や火星に着陸するようになってからは、月の裏側に秘密基地があるとか、火星には運河まであるという話は雲散霧消した。謎とロマンが薄れてちょっと寂しい気がしないではないが、それでも火星への関心は高い。

 

 その火星がこの夏にどんどん地球に近づき、今夜には最短距離に達するそうだ。六万年ぶりの超「大接近」だという。東南の夜空で赤っぽく輝いているから、すぐわかる。私も先週飲んで帰る夜半に、思いがけず目撃した。六万年前に人類の祖先・原人たちは、さぞかし恐れおののきながら「血の色の星」を仰ぎ見ていたと思うと、不思議な感動を覚えた。

 

肉眼では表面の模様や白い極冠まで見えないので、いま天体望遠鏡や火星儀がかなり売れているそう。これほどの大接近、次回は三百年くらい後というから、「見上げてごらん〜夜の星を~」と口ずさみながら、広大な宇宙に思いを馳せてはいかが。

 

何度かのアクシデントを乗り越えて日本の探査機「のぞみ」も火星に接近中だから、期待を込めて見つめていたい。ただ、接近中の総選挙は望み見つめるだけでなく、世直しを一気呵成に、といきたい。火星にはロマンを感じる。しかし、日本の苛政にはフマンいっぱい。

 

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