ボンドという名のスパイ 2000.9.20徳島新聞 

 

 

 

女王か首相かの直属スパイは今も英国には実在するのだろうか。映画の中では、コード名に00(ダブル・オー)のつく者には殺人許可証が与えられており、彼らは世界平和を脅かす巨悪と日夜闘い続ける。中でも、中学二年の時から数十本見てきたジェームズ・ボンドが最も有名で、高校生のころのテレビでは0011番のナポレオン・ソロも人気があった。

 

旧ソ連の崩壊と冷戦の終結で、スパイ映画も最近は敵役をつくるのに苦労しており、世界支配を狙うメディア王や好戦的な軍人を主敵にするなど様変わりしてきた。さぞかし007の生みの親(イアン・フレミング)も泉下で苦笑していることだろう。ミッション・インポシブル(不可能に思える指令)を彼らは見事にやりとげる。いつも神出鬼没で不死身、八面六臂の大活躍をするのだ。

 

「事実は小説より奇なり」というが、スパイものに限っては戦前の「ゾルゲ事件」は別として、実際はそうドラマティックではなさそうだ。先日の自衛官による機密漏洩事件を知ってそうおもった。どんな機密だったのかは知るよしもないが、自衛隊幹部の住所録や教本のコピーなどを在日ロシア大使館の駐在武官に渡したという。その武官がロシア軍の情報機関GRUに所属していたようで、希少なスパイ事件として明るみに出された。

 

ただ、彼のスパイ活動はいかにも地味で後味のいいものではない。居酒屋で自衛官に飲食させたり、多額ではない金品を渡したりは、007ならまずやらない。一年間の内偵の末、プーチン離日を待って摘発した警視庁公安部は、久々に株を上げたようだ。

 

防衛庁長官のおわび会見があった。しかし、こういう事件が起きると、「盗聴法」の範囲拡大や「有事立法」のおぜん立てがやりやすくなると、どこかで誰かがほくそえんでいる気がしてならない。もちろん、防衛や外交に支障をきたすような「職務上知りえた秘密」を漏らすのは許されない。だが、たいしたことのない「秘密」ならばそれが漏れたことより、「秘密警察強化論」の出てくる方がむしろ怖い。「見ざる言わざる聞かざる」社会にジワリと進むのはごめんだ。

 

防衛白書に、「各国との交流を深めて無用な軍備増強や拡大を抑える」という記述があるのを初めて知った。その考え方は賛同できる。やはり軍拡競争でなく胸襟を開いての平和外交によって世界中に信頼関係が広がればいいのに、と願う。諸国のスパイのみなさん、才能を生かして国と国との「接着剤」になろう。その時あなたは「ボンド」とよばれるかも。

 

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