欲望という名の電車 2000.8.4 徳島新聞
「モルグ街の殺人」のモルグは、確か死体置き場の意味だった。外国にはそんな不吉な?地名もあるのだと知ったのは、50年前の映画『欲望という名の電車』を初めて見たときち思う。今は無き福島平和劇場だった。
場末に純白のドレスをまとったビビアン・リーが降り立つ。彼女は「欲望」という名の電車から「墓場」という電車に乗り換えて、妹宅を訪ねてきたのだ。欲望号や墓場号という電車は実際にあったと聞く。その名は、傷心のヒロインの過去や現在を象徴しているようで、若かった私にも強いインパクトを与えたものだ。
古きよきアメリカ、裕福な南部の大農園で生まれ育ったブランチだったが、10代の結婚の失敗、生家の没落、高校教え子とのスキャンダルによって、故郷を追われる。もはや頼る先は妹しかなかった。
妹は過去の栄華に見切りをつけ、今は夫のスタンレーと「狭いながらも楽しい我が家」の生活を送っていて、ブランチの突然の来訪が大きな波風を立てることになる。無教養で粗野だが本音で奔放に生きるスタンレーには、義理の姉の「取り澄ましぶり」が鼻についてがまんならない。亀裂は日ごとに深まる…。
彼女はスタンレーのポーカー仲間、ミッチェルと親しくなる。彼は人のいい「フツーの男」だが、レディーとして扱ってくれるのだ。彼女はいつかミッチェルとの再婚を願い、彼もまた、身近にはいない「知的で美しい」ブランチに魅かれてプロポーズする。
しかしスタンレーには、それは親友をたぶらかしているようで許せない。終幕近く、彼によって虚飾(過去の栄光=麗しの夢)が無残に剥ぎ取られた時、ブランチの悲劇が炸裂し観客の胸をも締めつける…。
アメリカの演劇界では最近また、テネシー・ウイリアムズ作品が注目されているそうだ。その名作舞台が来月に徳島で上演されることになった。日本演劇でのブランチはいまや栗原小巻さんの当たり役だ。「華やかで陰影あるブランチ」と、各紙誌でも評価が高い。
と、よく知られた内容を長々と書いたのは、読者のみなさんにその「普遍性」を改めて見つめてほしいからだ。現代に生きる私たちに、半世紀前のこの悲劇は依然として「現実から逃避することの虚しさ」と「地に足の着いた生活のたくましさ」を提示する。
先行き不安いっぱいの世の中だが、しっかりと生きていかねばと思うはず。ブランチは「極楽」駅で降りたが、私たちはどこで降りようか。その前に、決して「戦前」行きの電車には乗りたくないし、「モラルハザード」という名の電車なども暴走させてはなるまい。