あゝ東京行進曲 2001.5.8 徳島新聞夕刊
「釜天」が好物だ。 釜揚げうどんに天ぷら盛り合わせがセットになっているやつだ。
「通」と呼ばれる人はたぶん「素うどん」ばかりかもしれないが、私なぞはラーメンでも豚バラ肉たっぷりが好み。
ただし、人は虚飾のない「素顔」に限る。 カラオケでも「♪かいま〜見る、素顔かわいい〜」とよく歌う。
県の観光キャッチフレーズの「すっぴん徳島」もいい。 「素」は、素敵のスかも。
ところで、演劇にも「スゲキ」というのがあるのをご存知だろうか。 「素劇」と書く。
作品内容やホールに合わない大げさな舞台装置とかケバい衣装を排して、簡単な小道具を用い、俳優の肉体でほとんどを表現するのだ。
紅白歌合戦での美川憲一や小林幸子の凝った衣装もそれはそれで眼福ながら、「素劇」の舞台はその対極の楽しさだろう。
英・仏・露などの現代劇も、簡素な装置と衣装が主流になっており、素劇はそんな舞台芸術のさらなる昇華ともいえそうだ。
徳島では、13年前の『山彦ものがたり』(有吉佐和子原作)という和製ミュージカル素劇が感銘を与え、今も演劇ファンの間では語り草になっている。
その演出家・関谷幸雄氏、彼は素劇の第一人者として知られる。
氏の演出による『あゝ東京行進曲』が劇団1980によって県下で上演されるので、百聞は一見にしかず。
すでに何年も前から全国巡演を重ねて高い評価を受けており、第一回読売演劇大賞・最優秀演出賞も手にした傑作だ。
その斬新さに誰もがビックリするだろうけれど、内容はあくまで「大衆演劇」。 流行歌たっぷりで親しみやすい。
日本初のレコード歌手・佐藤千夜子の数奇な生涯を劇化したもので、中山晋平、松井須磨子、北原白秋、野口雨情や、藤原義江、東海林太郎、淡谷のり子、ディック・ミネ…キラ星のごとき著名人が続々と登場するのも見ものだ。
そして前述のように、木箱でピアノや汽車を作り、白いヒモで山や家や五線譜さえも表現する。
曲の伴奏も風や波の音も汽笛も、すべて効果音は俳優自身。 何も無い、それゆえに観客の想像力はぐんぐん高まるに違いない。
さて私も、素敵な素劇を見て、久々に素うどんを食べようか。