その場しのぎの男たち2003.10.25掲載 徳島新聞

 

 

 歴史を「もし○○ならば…」と仮定法で語ると、それは面白いSFドラマになる。私は子供のころからそういうのが好きで、「もし義経が生き延びて蒙古へ渡っていたら」という類いの話に心躍らせたものだ。「ジンギスカンになった」などという珍説が興味深かった。

 

 もし、来日中の米国・ブッシュ大統領を警視庁SPが襲撃でもしたら、上を下への大騒動になることだろう。馬鹿げた仮定だが、そういったありえないと思うようなことが歴史をつくってきたのも事実なのだ。

 

 歴史好きのみなさんなら御存知だろうが、明治に「大津事件」というのがあった。国賓として来日したロシア皇太子に、滋賀県大津で、こともあろうに警備の一巡査がサーベルで切りつけ負傷させた事件だ。幸い傷は浅く、当のニコライさんはニコニコしながらでもなかろうが寛大な態度で、結果的には穏便に収拾した。

 

 だが、時の政府に与えた衝撃は大変なものだったろう。緊急の御前会議を開き翌日午前には、明治天皇自らお詫びと見舞いに京都へ出向いたそうだ。組閣してたった五日目に「天下の一大事」に遭遇した松方内閣は、平成の小泉さんと違って「最も運が悪い内閣」と言われている。

 

 もしも下手な対応をしていたら、日露戦争が10年早まっていたかもしれないし、莫大な賠償金を要求されたかもしれないのに、内務大臣(西郷隆盛の実弟)らの更迭程度で終わったところに、世界に乗り出そうとしていた大日本帝国の勢いと狡猾さを感じさせる。

 

 この大津事件を、あの三谷幸喜が大傑作喜劇にしてしまった。佐藤B作率いる劇団「東京ヴォードヴィルショー」公演、タイトルがずばり『その場しのぎの男たち』。真っ最中の東京公演が一か月分即日完売、という人気作だけに来月の県内巡演が待ち遠しい。

 

 ロシアを怒り狂わせないように、無い智恵を絞って繰り出す「あの手この手」が面白いように外れ、糊塗策が裏目裏目に…。あがくほど深みにはまっていく三流政治家たちに悲哀や同情を感じたり、陰の実力者でキングメーカーの伊藤博文に不気味さを見たりしながら、爆笑の絶えない二時間になるだろう。政治風刺というより「人間喜劇」にしたいと作者は語っているが、今の大臣の誰それを思い浮かべるのも一興かと思う。

 

 体面・出世・保身・八方美人・子どもの使い・指導力不足とヤユされる「その場しのぎの政治家たち」は、芝居ゆえ無害だ。でも、「もし」こういうのが現実の内閣ならば、国民はたまったものじゃない。「その日ぐらしの庶民たち」では悲劇になってしまう。

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