心を伝える技 1998.7.3 徳島新聞
「シュワちゃん」と呼ばれるアーノルド・シュワルツェネッガーという映画スターがいる。私は時々手話を習っているのだが、この長い名前をスラスラとはまだ書けない。語彙が増えてはいるものの、五十音がまだ完全にはマスターできていなのだ。それでもけっこう楽しくて、やればやるほど興味が湧く。
「手話ちゃん」は、自分の気持ちをすべて正確に伝えるのだからこれはすごい。まさに「心を伝える技」だ。もちろんそれは、ただ手指の動きだけではなく豊かな表情が必要で、聾の皆さんのその表情の千変万化、見事な表現ぶりにはいつも感心させられる。自分の気持ちをすなおに表現する能力、正しく相手に伝える能力を失いがちな現代の多くの人たちは、ぜひ手話を体験してみたらいい。聴者と呼ばれる自分たちが、常々いかに無意味で空虚な言葉を浪費しているか気づかされると思う。社会生活や人間関係における「言葉の大切さ」を改めて実感することと思う。
ところで、ものぐさな私が手話に目が向いたのは、以前から「心を伝える技」に関心があったからだが、直接的なきっかけは、来年3月の演劇『ちいさき神のつくりし子ら』を心をこめて徳島に迎えてあげたいと考えたからだ。
聾学校を舞台に、そこの卒業生である女性と、赴任してきた青年教師との恋愛と結婚、そこから生まれるさまざまな苦悩や葛藤、そして喜びをみずみずしいタッチで描いている。今回の舞台には、作者の指定どおり、実際に聾の女優さんが出演する。数十人の応募があったオーディション「見学」も、私にはとても貴重な体験だった。
黒柳徹子さんらが支援している聾者劇団があるのは聞いていたが、全国にそれがいくつもあり、プロの俳優がたくさん活動していることについては、恥ずかしながらまったく無知であった。いまNHK教育テレビで「手話講座」が放映中だが、その先生・米内山さんと妹尾さんも、今回の舞台づくりをとても喜び、支援してくださっている。まだまだ障害をもつ人たちの職業、とりわけ俳優の活動場所は限られているだけに、希少な名作『ちいさき神の…』がすばらしい舞台にできあがるよう切望したい。
といった話に多少とも関心を持たれた方は、来年3月まで待たずに、この15日夜、教育会館で公演される『ドッテテ・ドッテテ・ドッテテド』という演劇をぜひ観てほしい。「デフ・パペット・シアター・ひとみ」という、聾者と聴者で共につくる劇団として注目されている。シュワちゃんのようなスターは出ないが、手話・仮面・人形を効果的に使うビジュアルな舞台だ。宮沢賢治の夢世界が心の奥底に深く静かに広がっていくだろう。徳島市には、こういう文化行事に補助金が出る制度もあるそうで、「申請中」とのことだ。ちょっといい話だと思う。