缶詰2003.12.24掲載 徳島新聞夕刊「視点」 

 

 

 

中国の故事に「まず(かい)より始めよ」というのがある。私の好きな言葉の一つで、大きな目標も先ず身近なところから手をつけよ、まず自ら実行せよ、というような意味だ。ところが昨今の流行りは、間違った非情な使われ方で「団塊より始めよ」。リストラのことだ。

 

昭和22年から24年生まれあたりを団塊の世代といい、唐突な解雇、陰湿な肩たたきの主要なターゲットになっている。住宅ローンや大学生を抱えていて失業や大幅減給にでもなれば、たちまち苦悶の日々が始まる…。

 

年間3万人を越える自殺者の中で、その世代の男性が最も多いというのも理解できる。時代の反映か、そんな彼らを主役にしたドラマはよく見かけるのだが、来月県内で上演される『缶詰』もそんな趣の舞台だ。団塊世代の男三人が思いがけず直面した、「八方ふさがり」の悲哀を描く。

 

製靴会社の社長、といっても養子ゆえに筆頭株主の先代夫人(義母)に頭が上がらず、一サラリーマンみたいなもの。その彼が、ある日突然、社員たちから退陣決議書を突きつけられる。青天の霹靂(へきれき)…。先代の娘と結婚して小さな会社を受け継ぎ、粉骨砕身、業界第三位にまで成長させたという自負が、彼にはある。それなのに、なぜだ!、と怒り心頭に発して、という次第。

 

実は、「社員の反乱」のバックには銀行頭取もいて、女房や娘までにも見捨てられようとしているのだ。角野卓造演じる四面楚歌の社長にとっては、まざに「わたる世間は鬼ばかり」の感。だが絶対に自殺などするものかと、伊香保の温泉旅館で同期入社の腹心でもある専務と常務の三人で「缶詰」になっての対策会議、というのが舞台設定だ。

 

現代を鋭く照射する悲劇、と思いきや、劇団文学座では希少な「大爆笑喜劇」へと舞台は弾んでいく。女優志願の仲居の思い込みに端を発して、美人女将までもが、彼らを映画関係者と勘違い。歓待されて調子に乗った三人は、竹久夢二映画を準備中の「プロデューサー・監督・脚本家」を演じてしまうのだ。退くに退けない「缶詰」状態。昔の東宝映画、森繁らの「社長シリーズ」の味があって、とことん楽しい。しかも、劇中で角野卓造がプロ級のギターを披露、男三人で歌う「七つの水仙」が特筆もので、もの悲しい余韻を残す。

 

が、彼らを笑い同情した私たちも現実に戻れば、待っているのは、家庭崩壊ならずとも将来不安と不穏な情勢…。憲法のフタで密封されていた自衛隊が、「まずイラクより始めよ」と戦地へ飛び出しそう。国内で「缶詰」のままでいてくれたらいいものを…。

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まくあい 徳島市民劇場機関紙04.1.22発行

 

会員の平均年齢は、いま57歳。十年前が53歳なのでちょっとだけ「高齢化」。でも、頭と体が動く限り、芝居って一生楽しめる、とっておきの趣味だと思う。最年長は、いちごサークルの伊澤ユキ子さん、92歳だ!

 

そして今日の『缶詰』の主役は、みんなとそう変わらない52歳。私たちのように「観劇の楽しさ」などを味わったこともなく、がむしゃらに突っ走ってきた団塊世代の男たち。そんな彼らが思いがけず直面する悲哀を描く。

 

状況設定はかなり悲劇的で、クビ寸前・離婚目前・親子関係の危機も最後まで好転しないのだが、舞台はあくまで爆笑喜劇。彼らはとことん滑稽で、たくましくていじらしい。まだ会員でない夫にもっと優しくしよう、今夜だけでも…、そんな気にさせる例会だ。

 

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