橙色の嘘 1999.4.10 徳島新聞
場所も時期も失念したが、世界??機構(USO)が主催する「バンコク嘘つきコンクール」で、謹厳実直ふうの老紳士が優勝したことがある。彼は受賞スピーチで「私はかつてウソをついたことがない」と言ってのけた。これには居合わせた全員、開いた口がふさがらなくなり、そろって病院に運ばれたとか。
古今東西、ウソにまつわる悲喜劇は無数にある。古くは「大本営発表」から、最近では、ガイドライン法案は日本防衛のためだという強弁まで、綿々と続いてきた国民だまし。「消費税は福祉の財源」という底の割れたウソから、弘法大師も認める「方便」という善意のものまで現代日本にはさまざまなウソがあふれている。
だからか、最近は「エープリル・フール」のお遊びなどはすっかり影が薄くなったようだ。でもやはり、すさみがちな心に潤いをもたらすユーモアやウイットを含む、かわいいウソならたぶん歓迎されるのではないかと思う。
そんな快いウソを、来月県内で味わえる。劇団銅鑼と東京芸術座の合同公演『橙色の嘘』は、必ずや胸を打つ。こんなウソならあってよい、誰しもそう思うはずだ。
舞台は、古い歯科医院。そこの院長先生は、一人娘と仲たがいして後継者もなく、寄る年波から廃業を決意する。ついては、長年誠実に勤務した婦長さんに、そのお礼として別荘を差し上げたいと申し出るが、彼女は「それよりも一つだけお願いがあります」と爆弾発言。先生と再婚したと友人にウソをついたので、一度友人の前で夫婦を演じてほしい、と。
秘められていた彼女の慕情は分かっても、かつて彼女の仲人までした硬派先生には、どうしてもテレが先に立つ。それでも、みんなが集まった別荘で、優しくて元気な「夫」を懸命に演じることになる。友人にウソをつき通すために。ところが実は…というラストのどんでん返し。これは伏せておこう。
いずれにしろ、キツ〜い「真っ赤な嘘」ではなく、いじらしい女心や思いやりを描く。それがタイトル『橙色の嘘』のゆえんで、ジワ〜ッと涙がわいてくるさわやかな感動作だ。
名作映画『黄昏』のヘンリー・フォンダ父娘ばりの葛藤と和解も作品に深みを増す。眼科医には、二月に新国立劇場『子午線の祀り』で主役の一人を演じたばかりの名優・鈴木瑞穂さん。「橙色の嘘」っていいもんだ。世の多くの夫・妻・父・母・娘たちに観てほしい。
そうそう、たけなわの選挙立候補者のあの人なんかもこういう芝居を観れば、「公約違反=ウソ」について反省させられるかも。でないと冒頭の「万国ウソつきコンクール」から招待状が届くかも。でも…、そんなコンクールがあったというのも真っ赤なウソだったりして。