運命の輪

 

 今宵、開かれる宴の中できっと僕は見つけてみせる。運命が決めたただ一人の君を。

僕が生まれた時に、生まれたばかりの赤ん坊に水晶球を抱かせる

と云う古くから伝わる慣わしをされたらしい。

らしい…って云うのは当然僕は覚えてはいない事だから。

その水晶球に映しだされたのは、18年後の今日の事。

長い髪のシルエットだけが、ぼんやりと映しだされていた。

 

 僕は、この十河国の第一王子として生まれた。十河の国を僕なりに愛していた。

回りを海に囲まれ、深い緑の森と澄んだ湖を持つ十河。

人口1万にも満たない小さな王国。

国を治める父王の統治力を、息子ながらに誇りに生きていた。

森の動物に囲まれた静かな生活、無駄な戦いを好まぬ父王。

生きるためだけの質素だけれど、笑いに包まれた国民気質。

この国だけはきっと神に守られているのだと、皆信じていた。

 

 この国には、伝説がある。

昔、病で世界が滅びかけ唯一残ったのが、この国だったと伝えられている。

この国にしかない薬草がここを守ったのだと。

残った人々が、この国に辿り着き異国の人の血を混ぜて栄えはじめた

十河の国。ここには、伝説の龍が愛した娘の墓があった。

崖の上に建てられた小さな銅像が、少女の面影をわずかに残して。

この国を救った聖女として、病が流行る何世紀も前に龍と約束を交した娘。

一生を独身で通した聖女として、この地に眠る。

伝説では、彼女が亡くなった次の日に龍が現れて、その背中に

彼女を乗せて空高く帰って行ったとも、或いは海を泳いで行ったともいう。

 

「確かな事は、彼が彼女を愛してた事だけか」

僕は、聖女の像の前にしゃがみ、多分彼女も見たであろう景色を眺めた。

今は、ここに上るのには楽な道がつけられ、ここは聖地として祭られていた。

不思議な事に、僕の持った水晶球に映った姿が、聖女その人であった

と有名な占い師が告げたというのだ。占い師の言葉は絶対だった。

外れるはずのない予言、待ち受けている運命の日。僕は、もうじき18歳の誕生日を迎える。

そして、その日は僕が世継ぎの君として王から祝福をもらう日でもあった。

 

 儀式は、速やかに行われ宴も本番を迎える。大円舞曲が流れ、

 人々は揺れるようなステップを踏む。艶やかな衣装、遠い異国からの客人も多い。

 堅王としても名高い父王を僕は誇りに思った。

 「こちらが、世継ぎの君ですか。なるほどこの方が銀の王子ですか」

父王の元に、隣国からの大臣が贈り物を届けにそばに寄ってきた。

…銀の王子… 僕の事を、母ゆずりのプラチナブロンドの長い髪から皆そう呼んでいた。

 人込みに疲れた僕は、そっと広間から抜け出した。

月の灯りが、僕を照らしてくれていたから暗い中庭も、簡単に抜けだせた。

噴水の流れる音が響く 夜の闇の中、誰かが歌を唄っている。

 「誰かがいるのか?…」

僕は、そっと足音を忍ばせて噴水の方に近づいていった。

唄っているのは、夜想曲、この国に伝わる恋の唄。

金色の髪を持った少女が、噴水の中に立っていた。

ゆっくりと振り返ったその瞳と出会った瞬間。僕は気付いた。

 「君は…」 

少女が、笑って駆けよってくるのを見ていた。

まるで時間が止まったかのようにゆっくりと感じれた。

 

 彼女の指が、僕の頬の涙に触れる。

その瞬間に封印されていた記憶がゆっくりとよみ返ってきた。

少女がその生を終えたあの日に、僕がかけた魔法。

僕が神としての勤めを終えた次の命に、彼女と出会える呪文を唱えた。

変わらぬ微笑を浮かべて、彼女が僕の前に立っている。

 「君は、解っていたのか?僕がかけた魔法を」

少女は小さく頷いて、そっと頬にくちづけをした。

あのお別れの日に肩越しに触れたように。

 「私、知っていたから…龍の神様だけが、私の事を想ってくれていた事…

 だから私は願ったの。出会えない運命ならいらないと」

「もうこの世には僕の力は必要とされないから、僕は人に

生まれかわる事が出来たんだ。あの時の僕にはまだ力があった。

死んでしまった人のみの運命を変えれるだけの力しか、

残されてはいなかったけれど」

「私も、そう願ったからよ、銀の王子、あの龍の姿のままだった時にも

 私にはあなたが見えていた。人として生きれないあなたの運命が私には悲しかった」

 「君も、ここに転生できたのか?」

 「いいえ、私はただの空蝉、あなたの思いが捉えた幻にしか過ぎない実体」

どこかで、夜明けを知らす小鳥達の声が聞こえてくる。 

「あの月が消えるまでね、こうして人の姿をしたあなたに逢えただけでも」

「僕の願いが君を捕らえていたのか?」

「いいえ、私がそう望んだのだから、夢見たとおりのあなたで良かった」

 銀色の月光が、彼女の影を静かに水面に映しだす。

 

 「忘れないでね。次の未来で出会った時はその時こそ私は…」

 「娘よ、初めてそなたに逢った時からずっと伝えたかった言葉が」

 じっと僕の顔を見上げて、ゆっくりと首を振った。

 「私の名前は、リール(十河語で…夢を紡ぐ…)忘れないでね」

 「リール。もっと僕に力が残っていたら…」

 「もう行かなきゃ…さようなら私の龍の神様」 

 

  銀の月が傾きはじめる、だんだんリールの姿がかすれていく。

 「君を閉じ込めた僕の罪なのか?」

 「…忘れないで…」 

最後の声がこだまする。そっと伸ばした指の間を擦り抜ける風。

龍神だった頃の記憶を取り戻していくと同時に、今は無力な己の運命を憎んだ。

 

 …あなたに出会うのが私の運命なら その運命に私は感謝したい

 時はただ刻むように過ぎるだけ それでもその一刻一刻が

 あなたへと繋がっているのなら 私はその時間さえ愛しく思える

 あなたと出会えた事全てが 私の存在理由に変わる

 泣かないで今は あなたのそばにはいられない私を憎んでもいい

 せめて忘れないでいて あなたの記憶の奥深くに

 私を閉じ込めていて 私の運命はあなただけのために…

 

  誰が刻んだのか、少女の像の横に詩の碑が置かれてある。

銀の王子は、その後誰も娶らず父王同様に堅王として

世に名を残す生涯を終える。世継ぎの君を無くしたこの国は

その弟にゆだねられ、ゆっくりと衰退の道を辿ることになる。

再び、巡り会える時代が来るまで運命の輪は回り続ける。

        

 

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