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またいつか ひざまづいた姿を静かに月灯りが、照らし出す。 その横顔の美しさに何度も見惚れて手が止まる。 この一瞬の時を、キャンバスに閉じ込めるように 筆を走らしていた時間が止まる。 顔を上げて、ゆっくりと振り向いたその姿。 金色の髪が月灯りに輝き、透きとおるような白い肌を浮きあがらせる。 カレイド・スコープ・アイズが、全てを見透かすかのように光る。 「……」 小さく頷いて、君は立ちあがってそばに歩みよる。 「どうしたの?」 「疲れないかと思って、モデルも大変だろう、腕の悪い画家にかかっちゃ」 「いいえ、ただ座っているだけでいいのに、疲れるなんて」 鈴のような声がその唇からこぼれる。 存在しているのが不思議なほどの透明な質量感。 神の生んだ奇跡と呼んでも過言ではなかった。 「でも、あなたが疲れたのならもう今日はやめておきましょうか」 この絵は、君の大好きな父王から頼まれた肖像画。 後世に残すため描かれた代々の君主の肖像画が、広間の壁に並んでいる。 「ここに、この絵も飾られるのか」 「もし、私がここを継ぐ日がくれば」 淋しそうな微笑で、その壁を見つめる。 代々の血筋の者だけを君主と認める王家。男の子に恵まれなかった 今王は、愛する娘に女王の王冠を与える事に決めた。 ただあまりにも、その娘は生き抜いていくには弱過ぎた。 誰の目にも、その娘の寿命が短いのは見えていた。 ──まだ、17歳におなりになったばかりなのに、そんな…── 城中の、召使達は娘の薄幸な運命を嘆いた。
「あなたも知っているの?私の寿命がもうない事を」 全てを悟った者の瞳は、臨場感をたたえ澄んで哀しかった。 「いや、僕は何も」 「この国には、昔龍の神様が住んでいたと云う言い伝えがあるの」 一枚の肖像画の前に、歩いていくと立ち止まった。 「この絵、あなたに似ているでしょう。別名、銀の王子と呼ばれて いた人で伝説の龍の神様の生まれ変わりなのですって」 そこには、同じ銀色の髪をした青年王の姿があった。 「でも、この王様の亡き後はこの国に悪い事ばかりが起こったの。 私のお父さまで、この家も…私が男の子だったら」 悔しそうに、唇を噛み締めてその頬に涙がつたう。 「あなたがいてくれて良かった。私がいなくなったら あなたがお父さまを慰めてあげてね」 初めて会った日に僕の顔を見て涙を浮かべていた君。 いったい誰に君の願いを否定など出来よう。 「龍の神様は、今度はいつ逢えるのかしら」 僕と同じ銀色の髪の毛を持った龍王。 記憶の中に、龍だった覚えがないかと真剣に訪われた時には 少々、面食らった時もあったけれど、僕は君にどんどん惹かれていった。 もし僕が本当の銀の王子なら君の運命を変えてあげたかった。 でも、今の僕には何もしてあげれなかった。 ただこうして、君の絵を描きあげる事しか。
死期のせまった人間は、不思議な雰囲気をかもしだす。 神のような神々しさを放ちながら、そのわずかな時間を費やす。 ゆっくりと瞳を閉じて、窓辺に入ってくる月灯りの下で 君は腕を組んで祈りを捧げている。 もうその足で、歩く事も出来なくなったベッドの上で。 一度も弱音を吐かなかった君に、出来あがったばかりの絵を 壁にかけて見せながら、僕は問いかけた。 「君の願い事は?」 「あなたが、銀の王子なら良かったのに、う〜ん、そうじゃなくても きっと私はあなたの事を見つけれたから」 「僕は…」 「私のファースト・ネームはね、リールと云うの、世継ぎの者にだけ 付けられてきた名前なの」 「リール。君はもっと生きなきゃいけない。まだ…」 月が空高く上り、回りは昼間のように明るく見えた。 「愛してるわ、銀の王子。思い出したのは今度も私の方が先だったわね」 透明な声が愛を告げた時、その輝きが色褪せていく。 ゆっくりと瞳は閉じて、その瞳はもう何も映さなくなった。 「リール? まさか…」 冷たくなっていく手をずっと握りしめた。 独りぼっちで歩くのを怖がっていた小さな少女。 迷子にならないように、ずっと手を繋いで歩いた初めて出会った森の中で。 「銀の王子」と記憶を何も持たない僕にそう名付けた。 本当に僕が、君の云う「銀の王子 」なら良かった。 君の望んだように、君を幸せにしてやれたのに。 冷たくなった手を握りしめたままずっと。 君が向うの世界への扉をくぐる瞬間までずっとつないでいよう。 もう迷わずにすむように、本当の出会いのその日まで。 |