桜の園


 
ハラハラと舞い散るのは桜 風が巻き上げる刹那。
その薄桃色の空間にじっと目をこらして息を止める、影が見えやしないのかと。
誰か、隠れていやしないかと。

 
「こんな綺麗な桜を、君にも見せてあげれたら」


春はあっという間に、過ぎてゆくから。足跡さえ残さずに。
散り逝く一片を掬い獲れたら、人の命すら救える気がした。そんな春だった。


   「死んじゃったら何にも残らないんだよ」  

俯いた僕の背中に向けて君が大声を上げてる。  

「ここにいるのが奇跡、存在してる事が奇跡なのにね」


消え入りそうな声が、春の空気に吸い込まれていく。
何に対しての怒りなのか、僕はぐっと唇をかみ締めている。
夢の中で、君が笑っている。泣きそうなのを我慢して、時間の中に閉じ込められて。
もう現実の中には存在しない君。 此処でだけ存在が許されて。


いつまで、僕は君を此処に閉じ込めたままで生きていくのか?
立ち止まっているのは僕の方なのに、君を忘れるのを恐れて。
目覚めるのが怖くて、僕はいつまでもまどろみ続けている。

「もう、いいのよ。自由になっても」

僕の意志とは反対の言葉が君の唇からこぼれた。  


「先に進まないと何も始まらないの。解ってる癖に」
「僕は……」
「私を忘れないでくれてありがとう。でも、もういいの」

  僕の夢の中の風景は、あの狂うように咲いていた満開の桜の木が続いてる。
何処までも、何処までも果てのない春が続いてる。

現実の世界に戻れば、君のいない空間だけがぽかりと目に入ってくる。
それでも、桜は同じように僕の肩に花びらを落としてくれる。
その最後の花びらが地に落ちてしまうまで、僕は立ち止まって探し続ける。

春が過ぎていく。 桜は咲いては散ってを幾度も繰り返しながら。
  



 

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