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さよならの瞬間
(どうしよう…) こんな時ってなんて言えばいいのか解らなかった。 自分に何度も問いかける。去っていく後姿、ただ一言だけでいいのに。 それでもその一言を飲み込んだ、呼び止めたい心を手で握りつぶした。 自分の爪が掌に傷を付ける。薄っすらと赤い血がにじむ。痛みで心をごまかしながら。 背中を向けた私の視線は、ずっとあなたを見ている。 ドアを開けて、ゆっくりとその姿が消えていくのを。 遠ざかる足音を数える、少し癖のある足音、何度もここから聞いてた。 でも、もうここで聞く事もなくなるんだ、この部屋をあなたが訪れる事もなくなる。 それだけの事なのに、何故こんなに心が痛いんだろう。 声が出なくなった、泣き出したかった、追いかけて、走って行きたかった。 出来るならずっと一緒にいてと、何度も心の中で叫んでいた。 「行かないで…」 足音が 、聞こえなくなった時、やっと声が形になった。 誰もいない部屋の中でやっと声を出して泣いた。 声をあげて泣くなんて、初めてする事だった。 あなたの帰っていく姿に、いつも心で語りかけてた。伝える事はなかったけど。 もう待ってなんかあげないし、待たなくていい自分にも少しだけホッとしてた。 泣くだけ泣くと少しすっきりした気がしていた。 鏡の中の顔は、心とは裏腹で最悪だったけど。 声を出して泣くとすっきりするって事に気づいた。 これは小さな収穫。押し殺してきた声と想いを吐き出した事。 きっと明日の私は、もう少し綺麗に笑えると思えるから。
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