パンドラの箱

   

 

  「この箱は、絶対あけて見ちゃ駄目だよ」

 そう言って、僕に青い不透明なガラスの小箱を手渡して、

 あいつは、この世から消えて逝った。僕に小箱を渡したすぐその後だった。

 偶然なのか、覚悟をした自殺なのか白黒つかない死に方をして。

 ・・どんな死に方だったかって?・・

 道を歩いているあいつの頭の上に、スパナが降ってきたんだ。

 頭上には何もない、電信柱さえないただの空間から

 降って湧いてきたかのようにさ。

 いったい、誰がそんな事を出来るって言うんだ。

 見ていた目撃者の話1

   「何もない空間から、突然でしたよ。すぐ後から見てましたから。

    キラッて光る物が当って、その次の瞬間にはね・・

    多分、即死だったんじゃないかな」  

 通りすがりの目撃者の話2

    「立ち止まってましたよ。その人は、じっと上を

     見上げてました。そう20秒くらいはジッと空間を見てました。

     何かあるのかな、と振り返ったその瞬間でしたね。倒れたのは」

 

  あいつの葬式が終わったある日、僕は例の小箱をテーブルの上に置いた。

  見た目は、唯のガラスの箱だった。冷たい感触が肌に心地良かった。

  そっと揺すって見る。カサッと音がした。

  「紙でも入ってるのかな?」

  蓋を開けようとして指が止まった。

  ・・絶対、開けちゃ駄目だよ・・

  あいつの声が聞こえた。驚いて回りを見まわす。誰一人いない僕の部屋の中。

  「空耳か・・開けちゃ駄目と言われて気にならない人間なんていないさ」

  もう一度、手に取って箱をジッと観察してみた。

  ふっと気付いた 。・・なんか変だ・・その箱には蓋がなかった。

  何処にも、開けるにも蓋らしき物が見当たらない。  

  後から、焼き付けた後さえない、完璧な密室状態の箱がそこにあった。

  中には、何かが入っているのは確かだった。

  「割ってみるしかなさそうだな」

  床に思いっきり、打ちつけてみた。コロコロっと転がって、隅で止まった。 

  「これ位じゃ駄目か、二階から落としてみるか」

  窓を開けて、道端に誰もいないのを確かめて箱を地面向けて

  叩きつけた。ガチャ―ンっと音がするはずだった。

  その箱は、またコロコロっと転がって壁に当って止まった。

  「ただの、ガラスじゃないのか?」

   下まで歩いて取りに行った。そこに箱はある筈だった。

   箱の落ちた場所には何もなかった。二階の自分の部屋の窓が見える。

   「可笑しいな、確かにここに落としたのに、誰かに拾われたのかな?」

   でも僕が降りていくまでにそんなに時間は過ぎてはいなかった。

   僕は、頭をかしげて部屋に戻った。ドアを開けた瞬間に目に入ってきた。

   そいつはそこにあった。テーブルの上にポツンと置かれてあった。

   「なんでここにあるんだ」

   僕は、一瞬ゾッとした。誰かがこの部屋にいる?

   そっと息を顰めて見構えた。誰かの鼓動が聞こえる気がした。

   自分の、唾を飲み込む音が異常に響く。

   「誰かいるのか?出て来いよ、隠れてないで」

   カーテンが揺れているのに気付く。窓が開けっぱなしになっていた。

   部屋の中には誰もいないようだった。

   ・・いったい誰が、この箱をここに置いたんだ・・

   僕は、目の前の箱を薄気味悪そうな目で見つめていた。

   もう開ける気力さえなかった。触る気すら浮かばなかった。

  ふと、何者かの悪意を感じとった。特定な人物じゃなくて

  誰でも良かったんだ、この箱を受け取ってくれる奴だったら。

  あの日のあいつの笑顔が目に浮かんだ。 

  ホッとした安堵感の浮かんだあの日の笑顔が。

  ・・やっと解放されるんだ、この箱から・・

  あの笑顔はそう言っていたのか?もうあいつはこの世にいない。

  今となっては誰にも解りゃしない、あいつがこれを何処で

  手に入れたのかすら・・

  ・・あれから何度も試してみたさ、この箱の処分の仕方をね、

   結果?全部失敗さ、誰かが見てるんだ、苦しむ僕を見て楽しんでるんだ。

   昨日も試してみたよ、走るトラックの下に投げ込んでみたさ。

   滑ったトラックが壁に激突ってニュースがTVでやってただろう。

   箱は傷一つなく戻ってきたよ、この部屋にね。ほら、そこにあるだろう。

   別にこの箱を持ってるから何かが起こるって訳じゃないんだ。

   唯さ、持っていたくないんだよ、解るだろ?僕の気持も。

   今考えてるんだ。まだ試してみてない事が一つだけあったのをね。 

   うん、そうだよ、次は誰なんだろうね。

   僕はもう疲れちゃったんだ。

   開ける事の出来ないパンドラを抱えている事にね。

 

 

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