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パンドラの箱2
・・誰かが、僕を呼んでる気がする・・ それは何処か本当に遠い場所からなのかもしれない。 僕は、何処へ行けばいいのかを時々考えてはみるんだ。 このまま、のんびり普通の生活を繰り返すのも悪くはないって事は解ってるさ。 でも時々、何もかもを捨てて飛び出したくなる事だって君にもあるだろう。 ちょうどそんな時期だったんだ。あいつからこの箱を受け取った時は。 あいつは知ってたのかもしれないな、僕の心の奥深く隠してる何かを。 あいつとは小さい時からの幼馴染みだったんだ。気が付いたらそばにいたって云う 感じかな。対して喋らなくても考えてる事はすぐ解る、そんな不思議な二人だった。 親友とかそんな言葉で言い表せない。あいつもそう思ってくれてると思ってた。 だからあいつがこの箱を僕に渡した時も、何も聞かずに受け取ったんだった。 これを僕が受け取る事で、あいつが楽になれるような気がしたからだ。 なのに、僕と別れてすぐにあいつはこの世から姿を消した。 僕になんの弁解一つ残さずにだ。そんな理不然ってあるか? その時後悔したさ、あいつに聞いてみれば良かったって。 (お前が悩んでた事って何だったんだ? 今更遅過ぎるよな、こんな問いかけ) 葬式帰りの夜道、月が異常に明るかったのを覚えてる。 そう、あいつが夢に出て来た最初の夜だった。
僕の部屋の中、ベッドで眠る僕を空中から見つめてた僕がいた。 夢にしてはやけにリアルだった初めて見る自分の寝顔をぼんやり見てた。 「やぁ」 突然のやけに明るい問いかけに僕は驚いて目を見開いた。 いきなり、あいつが目の前に立っていたから、・・あぁ、死んだなんて嘘なんだ・・と思った。 「お前の葬式の夢見てたよ」 「夢じゃないよ、僕は本当に死んだんだよ」 「嘘だ。だって今ここにいるじゃないか」 「これは君が見てる夢の中に僕が入り込んだんだよ」 いつもと変わらない透明な微笑を浮かべてあいつは立っていた。 月灯りがその肩を照らしてるのに、影が映らないのに気付いた。 「僕が逝って、一番淋しい思いをするのが君じゃないかと思って」 「本当にもういないのか?ここにいるお前は僕の作り出したものか?」 一瞬、顔をゆがめて苦笑いを浮かべてあいつは消えた。 「待てよ」 自分の声に驚いて飛び起きた。 朝の眩しい光りが、部屋中を照らして寝不足の目に染みていた。 机の上の箱が光に包まれて綺麗に感じた。その箱は本当に綺麗としか表現出来なかった。 昨夜の夢と、割れないパンドラ。キーワードは二つ。僕には解らない事だらけだった。 昼間に見る箱は、昨夜の出来事なんか忘れさせる位の透明な美しさがあった。 とても人工ではこんな箱は作れないのではないかと云うほどの完璧な美しさだった。 海よりも深い海の色、空より青い空の色、コーンフラワー・ブルー (ブルー・サファイヤの極上品 )で出来ているような。 光りに透かしても、その透明感は何も映さなかった。振る度、音が違って聞こえる。 時折鈴の囁くような音、砂時計の刻む音、遠い波の音さえ聞こえた事がある。
・・二度目のあいつの夢・・
すまなさそうな顔をしてあいつが言った言葉を僕は全面信じた訳じゃなかった。 夢で見知らぬ女の子にもらったなんて話を、信じろなんて云うのも無理な話じゃないか。 だってそうだろう、そんな物を僕に押し付けて君は楽になるなんて。 もしこのパンドラが、本当に神様が創ったと云う伝説の箱だと云うのなら、 何故、そんな箱が僕らの運命を変えようとするんだ。 誰にも人の運命を変える権利なんてありうるはずないじゃないか。 僕が手にした運命のパンドラに、心を魅了されるのに時間はかからなかった。 そう、僕は、パンドラの魔法に魂を奪われかけているのかもしれない。 人間の想像力の限界に囚われて、開かないパンドラに封印された地球の運命を (もし、あいつの話どおりならば・・)手にしていると云う優越感。 海深く沈めてもその日の夜の内に僕の手元に戻ってくる。 僕が恋してるんじゃなくて、この箱が僕に恋をしているのか? そんな気さえしてくるくらい、僕の精神は追い込まれているのに気付く。 僕はこのままじゃきっと駄目になる。 ・・自分が、狂ってしまうと云う事に気付く狂人もいないよな・・ 月を見ながら声を立てて笑った。部屋の中、灯りさえ付けずに隅にうずくまってる僕。 この頃、自分が壊れるんじゃないかと不安にかられる。 昨日の、事故のトラックの運転手はどうやら軽傷ですんだらしいとのニュースに、 僕はほっとした自分に安心していた。でもこの次は違うかもしれない。 また誰かにこの箱を渡せばいいのか、パンドラを開けれない苦しみから離れる代りに 差し出すのは僕の命。あいつも、こんな風に悩んだのかな。 でも僕には、僕と同じ運命を誰かに負わすのは出来なかった。 いつまでも続くメビウスの輪は、何処かで断ち切らなければいけないんだ。
狂いかけの僕の頭に思い付いた事は二つ、誰かにこの箱を渡す事。 そしてもう一つ、この箱と一緒に僕の命を断つ事。 どちらの道を選んでも、僕の命は助かりそうもなかった。 ・・どっちみち、終る時間が少し早くなっただけの事か・・ この箱は持ち主の所に戻ってくるように出来ているらしかった。 僕の体が絶対に見つからない場所にあればいいんだ。 そして、僕が思いついた最後の方法、僕は本当に狂ってるのかもしれないな。 活火山の火口に飛び込むなんて、まともだったら思いついたりしないさ。
そしてX・DAY
僕は、パンドラをギュッと胸で抱き締めていた。 誰にも見られないようにここまで来るにはかなり困難だった。 立ち入り禁止の柵を越え、明るい内に付近の下調べも念入りに行った。 真夜中の火口はちょっとゾッとする光景だった。 だってそうだろう、真っ赤に燃える溶岩が下で待ちかまえてると思うとね。 地獄ってこんな風景なのかな?僕は怖くはなかったけど少し足が震えてるのに気付く。 ・・怖くはないさ、ほんの一瞬なんだからさ。僕と行こう・・ ゆっくりと地面を蹴って宙に跳びあがった。目の前を今まで僕の見てきた風景が走る。 それだけじゃなくてこの地球の誕生からのフィルムをゆっくり落下しながら見ていた。 どれ位の時間が過ぎたのか?いつまで経っても、その溶岩に触れる事はなかった。 遠く声が僕を呼んだ。「ありがとう、あなたがこのパンドラを守ってくれた人」 僕はゆっくりと目を開けた。光り輝くような少女が立っている。 鈴のような澄んだ声が耳元で転がった。 僕は、ゆっくりと周りを見回した、目に映るのは宇宙の暗闇。 「あなたは、いつかまた生まれ変われるわ、今度は自分の願うように生きてね」 星と同化するように、段々少女は透き通って消えていった。 そばには、誰もいないのに何かに包まれている気がした。 僕は夢を見ているのかもしれない、僕が望んだ世界を手に入れる。 パンドラは本当に存在していたのかなんて今はどうでもいい事なんだ。 僕の願っていた事は、何処でもない空間で存在する誰かになりたかった。 現実と云う夢から醒めてね。この宇宙と一つになって漂う者になりたかったんだ・・ それが僕の心の中にあった唯一つの願い。この宇宙の創造者の手の中で・・ずっと。 |