パンドラの箱 ─楽園─

 

 あいつからもらった不思議な箱。どんなに高い所から落としても割れない

開かない箱−パンドラ−と僕は名前をつけた。

確かに何かが入っている事は解っているんだ。

振ると何かが入っている音が聞こえた。入り口さえないその箱の中にだ。

この箱は、不思議な事に何処かに捨ててきても僕の所に返ってくると

云う性質(と言えるのか?)を持っていた。

最初の内は、ゾッと背筋が凍りつく時もあった。だってそうだろう。

誰もいるはずのない部屋の中にさっき捨ててきたはずの箱が戻ってるんだからな。

いろいろ試してはみたけど、僕はもうどうでもよくなってきたんだ。

誰かに渡してみようかななんて考えてもみたけど。

僕と同じように悩む人間を増やすのも嫌だったんだ。

 

      僕の試してみた事    その一

 

 誰もいないかを確かめて窓から、下に投げ落としてみた。

そして、じっとその箱がどうやってこの部屋に戻ってくるのかを

見張ってやるつもりだった。1時間経過、2時間経過。

その時、部屋の電話が鳴った。 

…RRRRR  …

「ハイ?」

電話に出ると不意に電話は切れて、無機質な電子音が響く。

「悪戯かな?しまった、箱は」

慌ててテーブルに目が行った。いつもの位置にそいつは返ってきてたんだ。

「チッ またやられたか、」

いつもこの調子で何かの邪魔が入って、眼を離したすきをついて戻ってくるんだった。

…まさか、意図的に?…

僕はゾッとしてその考えを頭の中から打ち消した。

 

     僕の試してみた事    そのニ

 

 落とした位じゃ、そいつは壊れるものじゃないって事は証明された。

休みの日に僕は、わざわざ早起きまでして電車に乗って遠い海のある

街までやってきたんだ。とりあえずK市としておこう。

そこの海には、自殺の名所にもなってるほどの崖がある事を

僕は雑誌とかを読んで知っていたんだ。

 見下ろすとゾッとするような岩壁が僕を待ち構えているかのように見えた。

「ここからならきっと…」

僕は箱を思いっきり、海に投げつけたやった。

真っ逆さまに急降下していくそいつを確かめた僕は、しばらく何か変化が

起こるのではないかと待ちかまえていた。

十分 、二十分、何も起こらない。少しホッと胸をなでおろした僕は

立ちあがって横にあったリュックを背中に背負った。

「あれ?……」

背中に当るこの感触、ゴツゴツした箱みたいなものが背中に当る。

「まさか?」

慌てて僕は、リュックの中を開けてみた。

「やっぱり……」

      僕の試してみた事    その三

 

 次に試してみた事は、本当はやっちゃいけない事だったんだ。 

それは、猛スピードで走ってくる高速道路の中の何tもの

重さのあるトラックの下にこいつを投げ込む事。

この時点で、僕の神経もちょっとイカレ始めてたのかもしれないな。

下手すりゃ、殺人犯になっちまうんだからな。 

幸いな事にもトラックの運転手の腕が良かったのか、そいつの運が良かったのか

軽い怪我ですんだようだった。

 

 

 どんな事を試してもこいつは、僕を解放してくれそうもなかった。

そのほかにもいろいろやってはみた。金鎚で叩く、ガスバーナーで燃やす。

硫酸をかける、重しを付けて川に流す。etc。

パンドラは、傷一つなく手元に帰ってくるんだ。

前よりも、増して綺麗になったように見えるんだ。

まるで僕といれて嬉しいかのようにね。

 

段々僕は、一人で部屋に過ごすことが多くなってきていた。

バイトもやめて、一人で箱と向き合う生活が続いている。

気のせいかな?僕が話しかけるとパンドラは喜んでるようなんだ。

光の加減が違うっていうのかな、試しに僕がちょっと冷たい素振りを

するとパンドラの色も薄い蒼に変わる。僕が大事そうに触れると

それは綺麗な発色をするんだ。

僕が手に入れたものはなんなのかな?

ひょっとしたら、誰もが夢見る自分だけのために存在している何か

を手にしているのかもしれないな。

不思議だな、時々声さえ聞こえる気がするんだ。僕に話しかけてくる。 

このままずっと部屋の中で、君といられる時間だけが僕の生きていける空間 

なのかもしれないな。この部屋の中の時間を止めて。          

この誰もいない部屋の中に僕は楽園を見つけた。

  

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