オーパーツ

 

   「ふふっ」

 ふいに後ろから、小さく笑った声がした。 

   「何? 」

  「どうしようかな? 」

   「だから何が?」

   「これよこれ、やっぱり消さなくちゃいけないかな? 」

 君の足の下には大きく踏みにじられた跡を残した植物の葉が一枚。  

   「残しちゃいけない?… よね、やっぱり 」

 小さく溜め息混じりにその葉をちぎろうとする君。

  「ちょっと待って、そっちの方がもっとまずいんじゃないかと、

  植物の形態にかかわってくるかもしれない」

 「あっ、そう言う可能性も含まれるんだ」

 ここは、まだ人類が誕生していない先史時代。 恐竜すらまだ姿を現す前。

 僕らは、ある依頼を受けてここを訪れているタイム・トラベラー。

  「でもどうしよう」 

 その足跡を見つめながら君は困った表情を浮かべている。

  「踏まなかったと思えばいいんだよ、まさか化石なんかに残って誰かに

発見されるなんて事、万に一つの可能性なんだし」

  「でも、私、見た事があるよ。そう言うのオーパーツって言うんだって」

 元々、考古学専門の君は目を輝かせて得意そうに言う。

  「じゃっ、その万に一つの可能性に懸けようか」

 「ひょっとしたらこの歴史もこうやって誰かが仕向けているのかもしれない」

 先に進んでいく僕の後ろをついてきながら、何度も何度も足跡を振り返りながら。

  「生きていたって証拠。 この人類のまだ誕生していない地球に」

 何度もつぶやく君の声を背中にしながら、僕は何も言えなかった。

 

綺麗な酸素の(大自然にしか存在していない)中でしか暮らす事のできない君の中の

 呼吸器が、一生懸命になって生きようとしている事を知っているから。  

 人口的に作り出したドーム内に生まれ、酸素テントの中で育ってきた君、

 コンピューターが弾きだした答えは、何の不純物も含まない時代の環境でなら生きていけるって事。 

  「私だけなのかな? こんな変な病気抱えてるのって」

  「君のは病気じゃないよ、たまたま環境が合わなかっただけの事さ」

  「ごめんね、私なんかに付き合わされちゃって」

  「本当ならもうとっくに死んでる身体なのにね。こんなとこに来てまで長らえたいなんて」 

誰もいない、動物もいない、植物と昆虫のみが生存するこの地球。

現代では見る事の出来ない真っ青な空が当たり前のように存在し、遠くから拭く風が

近くにある海の波音を運んでくる。 それは心地良く僕らを包み込んでくれた。

 「あんなに赤い夕日なんて見た事なかった」

 とてつもなく大きな太陽が遠い水平線に消えていこうとしていた。

薄く光り始めた僕らの知っているよりも一回り大きく空に浮かぷ月。

 「月があんなに大きいなんて。地球からどんどん離れて行っているって説は本当だったんだ」 

  暗くなりかけた夜空には、僕らの知らない星がまるで香港の夜景をひっくり返したみたいに瞬いていた。

 センチメンタルな比喩だなと自分を笑った。

 どんなプラネタリウムにも叶わない、本当の宇宙がそこにはあった。

悲しい訳でもないのに、僕は涙が止まらなくなった。

 君も同じなのか、しゃくりあげる声だけが僕の後ろで聞こえた。

自然という前では僕らは言葉を失ってしまう。 

  

  

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