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ステップ
生きていくって言う事は、ちょっとだけ楽しくてつらくて少し面倒。 人と上手く共存していかないと、摩擦の起こる生活の繰り返し。気に入らないのなら無視、 それが当たり前。そんな物だと言い聞かせて今まで生きてきた。 歩く事に少しだけ怯えて、誰かにもたれてしまいたくなる。 それを甘えと言えばそこまでだけど、誰かに解ってもらえるなんて思わなかったし、 願ってもみなかった。 人は、一人なんだと、生まれるのも死ぬのもそこまでなんだと。 「揺り篭から墓場まで〜。どこまでも一人で歩いていく〜♪ 」 「なんて、歌、唄ってんだよ。変な歌詞でさぁっ」 「即興詩。誰も愛してくれやしないから〜♪ 」 部屋の中で、ベッドの中で煙草の煙が窓に向けて流れていくのをぼんやりと見ていた 彼は、呆れたように笑って長い指で私の背中を辿る。 彼の長い指が好き。唇以上におしゃべりな手。 ベッドの中の会話は、言葉ではなくてその行為で語られる。流れる汗と温かい肌の 温もりとぽっかりと空いてる心の空白を埋めてくれるから。 耳元に聞こえるのは、遠い雨の音と彼の息遣いがかさなった音。少し波の音に似ている。
「ねぇっ、雨だけど海に行こうよ。たまには」 不意に、思いついてぼんやりとしていた彼を現実の世界にと連れ戻す。 きっと駄目だって言わないのを知っている。いつもの少し困った表情を 浮かべながらも、否定の言葉は零れる事はなかった。
電車に乗るために、駅までの道のり、雨に濡れないように傘は二つ。 雨が、二人を少しだけ遠ざけていく。立ち止まったままここにいたら、置いていかれて しまいそうで少し不安になるから、急いで走って追いかける。 言葉なんて交さないのは、安心感が二人を結んでいるから? 海まで電車で二十分。そう言う場所を、今のアパートを決めた条件にも入ってた。 見慣れた景色は、少し速度を速めながら傘の波の中に消えていく。 土曜日の午前中。今年から週休二日制になった学生達が増えたのと、 少し、満員になりかけた電車にうんざりしかけた時に目的地に着いた。 ホッとした表情を浮かべたのを見ていた。 「電車って嫌いなんだよね」 何となく意味もない問いかける。 「人ごみが嫌いなだけだよ」 開きかけた傘を閉じると、そっと私の手に持っていた傘を取り上げて数歩歩いて ホームの階段が終る場所で立ち止まる。 その表情を読み取れない私は、ジッと見つめる数秒の沈黙。 「早く来ないと置いてくぞ」 私、思い出した事が一つある。始めて逢った時、その背中が少し淋しそうだ と思ったから、あの人込みの中であなただけが違和感を発していたのを。 その淋しさに触れたいと思ったから、声を掛けたあの日の事を。 人は淋しさを埋めるために、共有するために恋をするのかもしれない。 その背中に追いつくために、一歩を踏み出した。 あなたへと続く。 |