他愛のない話



 「音が聞こえたんだよね」

 不意に、彼の口から零れたのはそんな一言。

 「どんな音? 」

 「この前の地震の来る何日か前なんだけどね、地響きに近い音なんだけど

 空から聞こえたんだよ」

彼の眼は、その瞬間を回想しているように宙を見つめながら、

上手く表現出来る言葉を見つけようとしているのが感じとれた。

 「近くに居た奴に、ほら、今の音って言ってもさ、ポカーンって顔されてさ」

 「誰にも聞こえてない音、でも確かに聞こえたのよね? 」

 「うん、空で何かが崩壊しているような音ってのかな」

 「その時だけ? 」

 「今まで2回地震があったから、その2回共聞こえた」

    そんな風に交わされた短い話。



空から聞こえたという不思議な音。雷ではなく、何かの前触れのように。

 「その時にね…」

 「ん? 」 

 「空の色とか風とか、何か感じなかった? 」

 「うーん… 雲が綺麗だなっと思った、それくらいかな」

そう聞きながら、私も彼がその時見上げてただろう空を想像してみた。

風に、流されて行く雲の形が変わるので時間が唯、過ぎていくのを感じる。

「そういえば、私もね」

一度、言葉を切って思い出すように記憶を辿る。

「私は地の底から、その音を聞いた事があるのよ」 

  「同じ音なのかな? 」

「どうなのかなぁ。 暫らくしてから地面がドーンって揺れ始めて。

 ちょうどその時、私、床に耳を当てたから」

「地震の前兆音ってあるのかもな」

(私達の立っているこの地球が悲鳴をあげようとしているその前に。

誰かが気付いて、手を差し伸べるのが間に合えばいいのに)

心の中で、つぶやいた声が聞こえたみたいに、彼が言った。

「大丈夫だよ」

窓の向こうから遠い夕立が、空を走ってやって来るのをじっと見ながら彼が小さく笑った。

だからなんとなく、安心して私も空を見上げてた。

雷が、壁伝いに遠く響いてる部屋の窓辺に座りながら。

 

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