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君は、不思議な顔をして僕を見上げてた。
「んっ?大丈夫だよ、すぐに戻っていけるさ」
「なんで、そんなに優しくするの?あたしなんかに、優しくしたって
何の見返りもないのに、他の人達みたいに知らない振りすればいいじゃない」
言葉とは裏腹に、君の瞳が話しかけてくる。
「さぁ、どうしてかなんて、解らないよ」
突然、降って湧いてきた女の子(実際降ってきたんだから、言葉で説明出来ない)
たまたま、居合わせたのが僕、ぼんやり見てた窓の外。
(助けて…) 「えっ?」 (外よ)
僕は、なんとなくドアを開けて外に出て、ふと上を見上げた。
その瞬間、ドサッと音がして腕の中に何かが飛び込んできた。
「ウワッ!?」
明るい茶色の髪の毛が、柔らかいウエーブが指にからみついてくる。
「女の子? なんで、空から」
「助けて…」薄っすらと瞳が開く。淡いとび色のかった茶色の瞳。
そのまま、ゆっくりと閉じられて力の入っていた身体もぐったりと弱々しく
俺の腕の中で、小さく呼吸だけをしていた。
呆然と、女の子を抱えて立ち尽くしている訳にも行かず。
女の子を抱えて、僕は部屋の中に戻っていった。
部屋の中の、僕のソファーにそっと彼女を降ろした。
不思議と、彼女を抱えていても、ちっとも重いなんて感じなかった。
俺は、そんなに力持ちって訳ではないはずだったから。
ふと、彼女の寝顔を見ているとその瞳が開いた顔を想像してみた。
目覚めるのを待つしか術はなさそうだった。
台所に立って、珈琲豆をミルに流し込み─カリカリ─と回しはじめる。
とりあえず2杯分の豆を引き終わると、サイフォンをセットし、その香りが
部屋の中に漂いはじめるのを待ち、とりあえず自分のための一杯をカップに注ぐ。
待つ事、三十分… 彼女のための珈琲も飲む事にした。
本棚から読みかけていた文庫本を取り出す。
古いSF作家の短編集。もう増刷100版を超えたロング・セラー物だ。
彼の書く話は、どれも時を忘れさせる位にしっくり僕の中に入ってくる。
遠い宇宙の始まり、ビッグバンの起こった空間の広がる様、頭の中で
描きながら、どんどん彼の世界に惹き込まれていく。
…カタン…
遠くで、音がした。
「あの…」
顔を上げると、女の子が立ち上がって僕の横にいた。
「目、覚めた?気分とか悪くない?」
今度は、はっきりと瞳を開けている彼女は想像していたよりもっと可愛かった。
「ここは何処?あなたは誰なの?」
「あのね…それはこっちが聞きたいんだけど」
多分、目覚めたら聞かれるであろうと想像していた質問に答える前に
僕は、問いかけた。
「私は、明華よ、私、海に落ちる所だったの」
「はっ? 海って…。君の落ちてきたのは街のど真ん中であって、
それも、僕の腕の…」
「あなたに聞こえたの?私の声が?」
「聞こえたって?あの声の事? 頭の中に、不意に飛び込んできたんだ。助けてって」
その瞬間、彼女は今にも泣き出しそうな顔をした。
「あの?」
「やっと、見つけた…」
不意に、僕の胸の中に飛び込んできた彼女に、慌ててどう接すればいいのか
解らずに、唯、呆然とその場に立ち尽くしていた。
手持ち無沙汰な両手を、ぼんやりと見ていた。
泣きじゃくる女の子の扱い方なんて、誰も教えてはくれなかった。
「あのさ…少しは落ちついたかな?その説明してもらわないと
僕としても、立場ないんだけど、その…」
そっと彼女の頭に、左手で優しくポンと叩いて落ちついたかどうか確かめてみた。
「ごめんなさい… いきなり、泣いちゃったりして…」
それから、彼女が語った事は普通では信じられない事ばかりだった。
空から象が降ってきたとかの話の方がまだ真実味があった。
彼女…いや、明華の云う通りなら、僕は明華の運命の相手で、
遠い末来(25世紀らしい)から、やってきたと云う華南は
どうみたって、普通の女の子だし、(髪の毛と目の色は、日本人ばなれはしているけど)
でも、空の上から降ってきたってのも事実だった。
瞬間移動装置で、旅に出る途中だった彼女のその装置の故障で
(かなり古くなってきていたらしく)彼女は突然、空中、それも海の上に放り出された
瞬間だったのだそうだ。彼女の家に伝わる言い伝えに(25世紀にそんな物が伝わってる
ってのも可笑しな話だと思う)運命の相手にだけ、聞こえる声を一番大切な瞬間に
発する事が出来る時が訪れると。彼女は、心の中でまだ、見も知らぬ誰かに向けて
精一杯の声で呼びかけた。(確かに、俺だってそんな話聞いてたら信じるかもしれない
とは思った。僕は高所恐怖症もあるから想像もしたくはないが)
その声を受け取った者の所に、逢いに行けると云う言い伝え。
そして、彼女は僕の腕の中に落ちてきたと云う訳らしい。
(さてと…何処までを信じたらいいものなのか、僕は迷っていた)
心配そうな彼女を見ていたら、そんな気持ちは何処かに失せてしまって、
何故か優しい気分になってくるのは、どうしてなんだろう。
彼女の話に、かなり洗脳(笑)されてきているのかもしれないな。
「信じる、信じない、は置いておくとして、君、本当に行く所ないの?
親戚とか、もう夜も遅いから送っていくけど」
「やっぱり、信じてくれてないんだ」
少し、淋しそうな顔で俯く。
「そうじゃなくて、(でも、そうなんだ、明華の言ってる通りなら、ここに親戚
なんているはずがないんだから)あぁっ、考えたら頭がこんがらがってきた」
「ここにいちゃ駄目?」
「ここって…あのな、ここはその男の一人暮らしの部屋で…女の子なんて
泊めたなんて事もないし、その…(パニックった僕の頭の中は始末の
付けようがなかった)もう、解ったよ、僕がソファーで寝ればいいんだろ」
かなり、ヤケクソ気味に、僕は明華を泊める事を伝えた。
「いい人ね、あなたって」
「僕は、貞明でいいよ」
「貞明くん?Sadaakiさん?さだあき君?」
彼女の発するイントネーションの違いで、それが漢字でとか、アルファベット
の発音とか聞き取れる事が少し不思議だった。
、何度も名前を呼ばれるのに照れてしまっていたけれど。
「君の呼びやすいのでいいよ」
「さあ君。そう呼んでいい?そう、あなたは貞明って云うの」
時々、ドキッとするような大人っぽい表情をする明華。
彼女にベッドを譲ってはみたものの、なかなか眠れずに何度も寝返りを
打ちながら、頭の中は彼女の事を考えていた。
突然、空間から現れた不思議な女の子。段々と、眠気が訪れてきたのが解った。
どーんと落ちるような眠気に襲われる。
──あれ? ここって何処だろう?僕の部屋にいたはずなのに──
僕は、真っ暗闇の中に立っていた。いや、浮かんでいたと言った方があっている。
──これって、宇宙なのか?──
信じられないような数の星が僕の周りで回っている。
それは、よく写真の中で見ていたよりもずっと、それ以上の迫力と質量感を持って、
目の前に不意に迫ってきた。 すごい勢いで過ぎて行く流星群。
夢にしてはあまりにリアルな、星々の溜息さえ聞えそうな臨場感。
──あなたをずっと捜してた──
頭の中で誰かの声が聞えた。
──君は?明華?──
誰もいないのに、そばに誰かいるような不思議な感覚。
──これが私がずっと見てきた景色よ──
心の中に染みとおってくる透明な声、君の感じてる孤独が流れこんでくる。
──一体、君は誰なんだ?──
──いつも夢の中でこの風景を見ていたの、誰かがいるのに、わかっているのに──
こんな寂しい宇宙の夢をずっと見ていられるほど人は強くはない。
──やっと、解った。あなたが宇宙の向こう側にいてくれた事が──
静かな朝の訪れが、部屋の中を明るくする。
「おはよう。ベッド占領しちゃってごめんなさい」
「いや、よく眠れた?」
「はい、ぐっすり」
柔らかいフワっとした微笑みを浮かべる。
「さて、今日からどうするか決めなきゃな」
「どうって?」
「元居た世界に、戻れる時がくるかもしれないしその時まではいてもいいよ、ここに」
「私の話、信じてくれたの?」
「嘘じゃないんだろう?」
「あなたで良かった」
「運命の話を信じてる訳じゃないけど、困ってる女の子を
放りだすほど男棄てちゃいないって事で」
ひょんな事から始まった明華との同居生活の幕開け。
さて、どうなるのか不安は未知数の中。
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