人魚の恋 儚い光が、海の底深くぼんやりと照らし出している。 目覚めた時、水の中に横たわっている自分に驚いた。 慌てて、水面めがけてもがくようにして 起き上がったその瞬間、頭の中に (大丈夫よ、安心して・・・) と、声が聞えた。 目の前にいたのは、緑色の髪と緑色の瞳を持った女の子がフワッと水中に浮いて 心配そうに僕を見ていた。透けてしまいそうな青白さと、僕等人間とは違っていたのは、 足の代りに魚の鱗が腰から下を覆っている事だ。 (人魚?まさか・・・)
水の中を空気の泡が、プクプクッと水面めざして昇っていく。 (海神様に頼んで、あなたの回りにだけ空気の壁を作ってもらったの) (本当だったら、あなたはこの海で冷たい抜け殻になるはずだったのよ、 それをこの子ったら)少し怒ったような別の声が割り込んできた。 (黙っててよ、姉さん) (だって、あなたの寿命を、海神様ったら、100年も削ったのよ。 これが怒らずにいられますか・・・) (君が、僕を助けてくれたの?) (だって、私のせいなの。あなたが海に落ちたのは私が驚かせたから) (人間なんて、所詮100年も生きない弱い生き物、海に落ちたくらいで死ぬような 者に、情けをかけてもあなたがつらくなるだけよ) 海草の陰に、目の前の女の子よりも幾らか大人びて見える、緑色の髪と瞳をした もう一人の人魚が隠れるようにしてこちらを見ていた。 (だからよ、姉さん。人は短いけれど魂という物が宿っていて、 死んでもまた生まれ変わってきて、その輪廻転生を繰り返すという。 私たちには無い物を持っていて、今まで・・・羨ましかった、でも、水の中に 沈んでいく彼が、さっきまで活き活きとした瞳が閉じてしまったのを見た途端、 もう一度、瞳を開けて欲しかった。彼を地上まで、連れていくのには、力が足りなかったから それで、海神様に頼んで、彼の周りに壁を作ってもらったの) (僕は死んだ訳じゃなかったんだ・・・) (ごめんなさい、もう少ししたら元の船まで連れていってあげるから、1人では連れてこれなくて) (どうして、そんなに親切にしてくれるの?) (あなたの声が聞こえたからよ、それに… 人間は、困った時には助けあったりはしないの? ) じっと、僕の顔を見て問いかけてくる。 海の色そのもののような瞳に僕は吸い込まれそうな感覚を覚え、 少し早まった鼓動に気付く。 (同じだよ、きっと僕だって君を助けるから、ありがとう、助けてくれて) 上手く感情を言葉に変える事が出来なくて、唇を小さく噛む。
(もうすぐ、地上が見えてくるから) うっすらと、緑色の空間に青みがさしてき始める。 少し淋しそうな影が一瞬、瞳を曇らせ、君は空が現れ始めた方角を指差す。 (あなたがいなくなって、きっとみんな心配してるから) 顔が、水面から空気に触れた瞬間、僕を包んでいた膜が空気に溶け消えた。 (お別れね) 「君の事、ずっと忘れないから、本当に」 小さな手のひらが僕の頬を包みこんだ。 (私たち、人魚は消えたらこの海の泡になるの でもあなたの記憶の中に私が…) 小さく波を叩き水しぶきを立て、そのまま水底へと彼女は消えていく。 深い深い深海へと、色を変えながら広がる母なる海へ。 ほんの少し、感傷を僕の胸に残して。 |