インナー・トリップ

 一粒だけ錠剤を、携帯薬入れから取り出してコップ一杯の水で喉に流しこんだ。

眠れないのを気にしていたら、いつまでだってその瞬間は訪れてはくれやしない。

静かな眠りが訪れてくる瞬間まで、あと10分足らず。

さて今日はどんな所を訪ねよう。どんな人が待っているんだろう。

僕を、或いはあたしを、何かが待っていてくれるから。

 

 それに気付いたのは、睡眠薬を常時するようになって数回目の眠り。

普通に睡眠に落ちた時とは、夢のタイプが違っている事に気がついた。

最初は、白い部屋の中で目が覚めた。又、病院に居るんだと思った(その数ヶ月前、

長期入院をせざるに得ない状況だったから)けど、消毒薬臭くもない唯の真四角の何も

ない部屋。ベッドから抜け出して、そっと床に足を下ろした。ひんやりとした感覚が

爪先から伝わってくる。窓一つなく、ドアもない完全密封な部屋。どうやって、ベッドが

ここに入ったんだろう。なんて意味もない事をぼんやり考えた。

 最初にベッドがあって、周りに部屋が出来たような。電灯もついてないのに、部屋の

壁自体から薄ぼんやりと光を放っているそんな感じの部屋だった。

当然、空調もない訳だから空気の流れもありはしない。

壁から壁までちょうど10歩。大体、歩幅を45cmとして、大幅に計算して4.5m四方の部屋。

ちょうど真ん中にベッドだけがぽつりと置いてあった。

床は、冷たいツルツルとしたやっぱり白いタイルみたいな物で作られてあって、試しに

耳を壁に付けて(もちろん床にも)何か音がするんじゃないかなとそば立てて、ジッと

動かず何かが起こるんじゃないかなと待ってみたりした。

 5分…10分…何も起こらない。

試しに(こんな時は誰だってきっとするはず)咳払いを一つ。

「コホン…」

シ…ンと静まり返った部屋の中、変に木霊して、ちょっと怖くなってきた。

「ある日、森の中、熊さんに出会った♪ 」

自分の出した咳に押しつぶされそうになって苦し紛れに喉を吐いて出たのがこの歌

なんて、なんか笑える。女の子が出会った物は熊。私は一人きりの部屋の中、あるのは

ベッドだけ。さぁっ、どっちが怖い?

 

 とりあえずベッドに戻って、考えてみた。確かに、自分の部屋でいつものように薬を

飲んだのは記憶の中にあった。 って言う事は……。

 「な〜んだ、これって夢なんじゃない」

自分に言い聞かせるように声を大きくして言った。

夢ならいつか覚めるはず。少しの希望が湧いてきた。

出て行こうにも出口はない。 それなら、待つしかない。

少しだけ、賢い(アクマデモスコシダケ)女の子はむやみやたらに怖がったりしないもの。

眠りがやってくるのをベッドの中で、横になって待つ事にした。この部屋の中は、灯りはないけれど、

明るくて不思議と安心感が持てたから。

羊を何千匹か数え終わった頃、それは静かに訪れた。

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