| 別れの時
優しい感情、(それはリオンを愛するあの青年の想いなのかもしれない) 何かを憎悪する人の醜い感情、そういったさまざまな感情が、今、僕の心の中に押入って こようとしていた。 この感情に負けた時、─あいつ─に捕りこまれるのかもしれないな と僕は走りながら考えていた。 きっと─あいつ─の中の闇の部分が、人の生命力を時折吸わないと存在出来なくなってるんだろう。 そして、もう半身でリオンのためにここを保護していた。 じゃぁっ、僕がここに来た理由は ? ─あいつ─のどの部分が僕を呼びよせたのか ? 淋しがるリオンを慰めるため ? それとも─あいつ─の生存のためなのか ?
獣道は僕を半分は保護をしながら、僕を先に進ませる。 けれど、半分の感情が僕の足に絡みつく。負の感情、正の感情、目に見えない糸が 僕の体に絡み付いてくる、それが僕の運命の糸なのか。僕の運命は、リオンの声一つに ゆだねられたそんなちっぽけな存在でしかなくなっていたのか ? 「トール、私の声が聞こえる ? 聞こえたら言うとおりにして」 頭の中にリオンの声が聞こえた。足を止めて振り返った。 「止まらずに聞いて、ごめんなさい、私には彼の感情を抑えているだけで精一杯なの。 だからあなたを助けにはいけないの、でも私の言う事を信じてほしいの。 あなたが初めて現れた場所が、今のあなたの位置からまっすぐ歩いた場所にあるの、 私の力であなたを元の場所に返してあげるから」 「戻れるの ? まだ100日になってないよ」 「私の最後の力が続く内に、もうすぐ私の兄はあいつと同化しきってしまう、そうなる前に、あなたを帰してあげるから」 「彼はやっぱり、君の兄さんなんだ」 「あまり長くは説明出来ないの、唯…」 僕が立っていた木の下に辿り着いた、木の下の空間に僕の毛布が半分をこちら側に、 もう半分を見えない異空間に漂わせていた。 「さようなら、トール、あなたは似ているの、優しかった心のあの頃の…兄さんに、 あなたと同じ名前の私の……に」 何かを言おうとしているリオンの声の調子に、僕は気をとられて危なく見過ごすところだった。 僕はその毛布が向こう側に引っ張られていくのに気付き、慌ててその端に捕まった。 「ここは私達兄妹に与えられた罰と罪の森…」 リオンの意識は僕がその穴に消える瞬間まで僕の中にいた。 暗いトンネルの中、僕は深い深い眠りの渦に吸い込まれていく。
「透、いつまで寝ていてるつもりなの、学校に遅れるわよ」 母さんの声がいつものように、僕を起こす繰り返される平凡な朝。 「起きるよ、起きるってば」 僕はゆっくりと目を開けた。そこにはカーテンごしに入ってくる朝の光と僕の部屋、 何かを確かめるように、暖かい毛布をギュっと握り締めた。 ゆっくり寝たはずなのに身体中が痛かった。 「なんでこんなにだるいんだろう ? 」 僕は起き上がって、毛布をベッドの上に放り投げた。 コロッと何かがベッドからすべり落ちた。それは、青い絵の具のチューブ。 僕が描いたあの空の色と、リオンの青い瞳の色。 心の中に広がるのはあの朝の空の色とリオンの横顔。 そして最後に聞こえたリオンの言葉。 「記憶の片隅にずっと覚えていて欲しかった。せめてあなたの記憶の中に。」 「リオン…」 唇から零れた名前が誰の名前なのか思い出せなかった。 なのに何故こんなに胸が痛むんだろう ? 何かが心に引っかかったままで…。 夢と現実のハザマ 時折人は訪れる。 束の間の楽園が、その扉を開けて現れる。
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