恋心

 

 離れて暮すのがこんなに辛いと思わなかった。

もう、どれ位お前の声を聞いていないのか?

もう、どの位その姿を見ていないのか?

唯、逢いたいと云う気持ちだけが頭の中で渦巻いていく。

任務の中で、お前の身に何かがあればと不安だけが大きくなる。

…大丈夫だよ、サイファー、俺ってそんなに頼りない奴に見える?…

少し、すねた顔で、しばしの別れの時を告げた。

…あんたが、そんな顔してたら行けなくなるじゃないか…

下から覗き込んだお前の身体を、少し強く抱き締めた。

(この不安間は何なのだろう?)

ずっとこのまま、時が止まればいい。

お前と二人だけで、ずっとこの空間の中で閉じ込められて。

…サイファー、もう時間だから、すぐ帰るから…

トンッと俺の胸を軽く叩いて、小さく笑って頬にキス。

 

 離れているのが不安なだけだと、自分に言い聞かせてみた。

いつも、そばにいる奴が目の届かない所にいるせいなんだと。

何かの理由を付けないと、この異常なまでの不安感は消えてくれそうもなかった。

早くその顔を見せて安心させてくれよ。

一人でいる部屋の中は、唯、だだ広っく感じれたから、息苦しくて

夜中、そっと抜け出して、裏庭まで歩いてみた。

 ガーデンの中は、シ…ンと静まりかえっていて少し不気味さも感じる。

ここに、お前がいないってだけの事で。

月が白く、よくお前と寝転んだ丘を明るく照らし出していた。

…んっ、誰かいる?風神…

一人で、ずっと月を見ているのか身動き一つしない。

ガサッと足元の、枯葉が音を立てた。

「誰?」振り向いた風神の頬が光って見えたのは気のせいなのか?

「俺だ、眠れなくてね」

「サイファー?彼がいないから?」

「かもな」

「何か、心配事でも?サイファーがそんな顔するなんて」

「心配事って程でも、唯、不安なんだ、このままあいつが戻ってこないような

 そんな気さえしてくるんだ。変だろ?」

「う〜ん」

 淋しげな微笑を浮かべて、首を横に振った。

「サイファー、それが恋だからよ、本気でスコールの事…」

「それだけの理由なのか?」

「待ってればいいのよ、約束したんでしょう、スコールは。

 だったら信じて、待っててあげなきゃ」

「風神…お前こそ何してんだ、こんな時間に」

「別に、眠れなかっただけ」

「そっか、風邪引くぞ、そんな薄着で、これ着てろよ」

寒そうに見えたから、そっと肩に俺のシャツをかけた。

「今日は優しいんだね」

「はっ、いつだって俺は優しいさ」

「そうだね…後ろ向いててくれる?」

「あっあぁ?」

風神の云う通りに、背中を向けた。不意に、背中に温もりが感じられた。

「風神?」

「黙っていて、今だけは…」

背中ごしに静かな声が聞こえた。少しアルトの小さな声。

「トクン…トクン」鼓動の高まる音が背中に伝わる。

柔らかい小さな手が、そっと回されて俺の胸の前で組まれる。

「サイファーの背中って、暖かいのね、知らなかったな」

「これが、サイファーの腕、これが温もり、これがサイファーの胸」

一方的に一人で喋り続ける風神、段々、声が小さくなって言葉にならなくなった。

「風神…もうよせよ」

「振り向かないで、お願いだから、もう少しだけ」

声が震えているのは寒いせいじゃないのは解っている。

でも、どうしようもなかった。俺は、そんなに器用な男じゃないから。

「月が隠れてくれて良かった…」

見上げると、雲の中に隠れようとしている月があった。

「時々、ここに来て月を見上げるのが好きだった、あなたはどうしてるのかな

 とか考えるのが好きだった、ずっと言わないでいるつもりだった」

「風神、俺は…」

「言わないで、解りきってる事だから、私は彼じゃない、彼にはなれない、

 そんな自分が嫌だった、彼になりたがってた私が嫌い」

冷たくなった指が、俺の頬に触れながら唇に辿りつく。

「もう行くね、上着・・・ありがとう」

「持っていけよ」

「返すのつらくなるからいらない、明日逢う私は、もういつもの私に戻ってるから」

背中ごしに取り交わされる言葉のやりとり。

不意に、力の入った手が頬を捉えた。 …えっ…

小さく触れた冷たい唇の感触。

「これが、サイファーの唇、忘れない…」

寂しそうな笑顔を小さく浮かべてる。

「またね。サイファー、すぐ帰ってくるわよ、彼」

もう、いつもの風神の声になっていた。

背中を向けて、そのまま暗やみに消える声と姿。

ぼんやりと取り残された俺。思わず笑いと涙が同時に込み上げてくる。

そして、心の中の不安が消えているのに気付いた。

一方的な告白、いつだってあいつは俺に対して、ストレートにぶつかってくる。

あいつらしく、元気付けようとしてくれているのも解った。

そして、あいつの想いも気付いてはいた。

好きとか嫌いとかの感情では、形に出来ない心があってもいいと何故か

そう思った。月が静かに顔を出す。何も見てやしないと。  

 

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