花言葉に込めて

 

 

 ずっと心に残っている人がいる。 

小さい頃の記憶の奥深くに残されている懐かしい声の誰か。

 「こっちよ、スコール。急がなくてもいいのよ」

笑いながら、俺の方に手を振る。

俺は急いで、その人のいる場所に走っていくんだ。

 そして、その優しい腕の中に飛び込んで…。

名前を呼ぼうとする瞬間に、目が醒めるんだ。

 

 「それって、お前の母親じゃないかな?」

 「うん、多分ね。記憶なんてないはずなのに」

 「親父さんの所で写真見せてもらったんだろ、この前」

 「でも、顔までは見覚えのない人だったんだ、優しそうな人だとは思ったけど」

 

 俺は、サイファーと寮の丘の上に並んで寝転がっていた。

流れる雲は、いつも通りに白くて風の向くままの方向に流れていく。

 「子供の頃の記憶ってさ、孤児院に来る前のやつって、

 サイファーには残っているか?」

 「いや、気が付いたら孤児院にいたのが最初の記憶だから」

 「俺だって、そうだよ、唯、夢の中にいる俺は、本当に小さくて

 すごく嬉しそうに笑ってて、声のする方向に誰かを見つけて走りだすんだ」

 「きっと、お前の事を大切にしてたんだろうな」

 「そんな事、誰にも解らないよ」

 「俺には解るさ」

  のんびりと背伸びをして起き上がるサイファー。

 膝を折り曲げて、ポケットから煙草を取り出して火を付ける。

 煙草をくわえて、そっと指で俺の前髪に触れる。

  俺は、サイファーのされるがままになって、その指をじっと見ていた。

 少しゴツゴツとした長い指が、俺は好きだった。

 目を閉じると、段々眠くなってきた。

 

 「おかえり、スコール。この花?」

 誰かが、小さな庭に立って花に水をやっているのが見える。

  小さな俺が、その花を指さして名前を聞いている。

 「可愛い花でしょう。シオンって言うのよ。花言葉が好きだから、植えたの。」

 「シオン?」

 「そうよ。覚えていてね。シオンって名前よ、それからこっちはヒギリ…」

 

 「…スコール。もう起きろよ、風邪引いちまう」

 サイファーの声で目が醒めた。夕暮れの風が、吹きはじめていた。

 「俺、寝てたんだ」

 「あんまり、幸せそうだったから起こしたくなかったんだけどな」

 ふと、見ると俺の上にはサイファーの上着が掛けてあった。

 「ありがとう」

 服を返しながらふと、聞いてみたくなった。

 「なあっ、シオンって花知ってるか?」

 「あのなぁっ、俺にそんな事聞かれても…キスティス当りなら

  知ってるんじゃないか。一応、女だし」

 「だよな。うん、そうしてみる、帰ろう。サイファー、寒くなってきた」

 

 部屋に帰ってきて、キスティスの部屋の番号を回してみた。

 「はい?あら、スコールどうしたの?」

 「あのさ、あんた花についてちょっと知ってるかなと思って」

 「花?サイファーにでも贈るの?(笑)」

 「違うっ、花言葉なんだけど」

 「ますます、怪しいなぁ?、ちょっと待ってて、本取ってくる」

 電話を抱えたまま、キスティスが本を捜している気配がした。

 「はい、何て花なの?」

 「シオン 」

 「え〜と、あったあった。 シオン   追憶・君を忘れない

  淋しい花言葉ね、もういいの他には?」

 「えっと、確か ヒギリ って言ったと思う」

 「言った?なんか、あったの?その歯切れの良くない言い方は…

 ヒギリ…ね。読むわよ、ヒギリ   幸せになりなさい  」

 「それ、本当?」

 「何が?私は本に書いてあるの読んだだけ、スコール?

 どうしたの?何かあったの?」

 「ありがとう、キスティス、助かった」

 やっと礼だけを言って、電話を切った。

 …あの人は、やっぱり俺の…

 声にならずに、名前が言葉で言えなかった。

 ベッドにしゃがみ込んで、夢の中のその人の顔を思い出そうとした。

 走っていく俺は、あの人に飛びついて呼びかけようとしていた。

 ふっと気が付くと、横にサイファーが立っていた。

 「また、鍵が開けっぱなしだったぞ」

 「サイファー」

 「その…気になったからキスティスに電話してみたんだ」

 ゆっくりとベッドに腰掛けて、俺の心をじっと見透かすように

 優しい視線を投げかけてくる。

 「あのな、スコール。泣きたい時には泣いていいんだぜ」

 照れたように、自分の胸を指して俺の額をこつんと突いた。

  …大丈夫だよ、俺は充分幸せになれるから、安心していいよ。母さん…

 

 

   

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