逢瀬

「あのさ…」「んっ?」

「やっぱ、やめとく」

 煙草に、火をつけかけた姿勢が止まったままで、

じっと俺の顔をみつめるサイファー。

ここは、俺の寮の部屋の中、消灯の時間を見計らってから

そっと寮長の目を盗んで、忍び込んできた俺の恋人。

 まだ、二人っきりでいる時間があまりないせいか、俺は少し緊張して

サイファーのそばで、本を読んでいるふりをしていた。

こいつの事を意識し始めた頃の俺、と少しも進歩がないなと自嘲してみる。

 横目で、サイファーの動きをチラチラと追いながら。

奴の長い指が、落ちてくる前髪を払う動作が好きだった。

そんな何気ない、仕草一つ見逃さないように、じっと見ていた。

「なぁっ…」

 グイッと腕を引っ張られ、サイファーの腕の中にすっぽりと包まれていた。

「ウッ…ワ…」

 ボッと顔が自分でも赤らむのが解った。

うろたえている自分に気付かれないように、じっとその目とそらさなかった。

心臓は、爆発しそうな程鳴っているのが、解らないように少し身体をずらしながら。

 次の瞬間、きっと俺以外は誰も見た事のないような優しい目で笑うサイファー。

俺以外…と勝手に思っているだけなのかもしれない。

そう感じたら少し悲しくなった。一瞬の俺の表情を読み取ったのか、

「なんで、そんな目で俺を見るんだ?」

 緑がかかった瞳が、真剣な表情を持ってじっと視線をそらさずに問いかけてくるから

身体を堅くして一歩退いてしまった俺に、少し驚くサイファー。

「お前、まさか俺が怖いのか?」

 予想もしていなかったように、驚いた表情で問いかけてくる恋人。

 (怖い?) 俺の中にそんな気持ちがあるなんて、少し驚いた。  

  「そんな訳ないじゃないか」

 慌てて、言い返す俺に、ニヤリと笑って不意にその腕が俺の頬を

とらえて唇を重ねてきた。強引に舌が入り込んでくるのが拒めない。

責めるように残酷な程の激しさを秘めたキスに、足がガクガク鳴って

立っているのがやっとだった。

 「じゃっ、俺が何しても怖くないんだ」

 そう言うと、唇を重ねながら腕が身動き出来ないように、片手だけで

 捉えられる自由。(こいつ、こんなに力強かったのか?)

 「くっ…や…め」

 力に屈服するのが悔しかった、サイファーが嫌だとかそんなのじゃなくて

ギュッと閉じた目から、涙がつたいおちるのが解った。

力のこもっていた腕が不意に、俺から離れる。

そっと目を開けると、サイファーが元の優しい目で笑っているのが見えた。

「泣くなよ、無理強いなんて俺の主義に反する事を

   俺がやる訳ないだろう、ただ、お前が俺の前で構えているのが嫌だったんだ」

 「俺が?」

 「さっき、言いかけた事聞かせてくれないか?」

 「何でもない」「ふーん、俺には言えないんだ」

 「そうじゃなくて…大した事じゃないから」

サイファーが、俺の次のセリフを待っているのは解っていた。

吸いかけてやめていた、煙草に火を付けて煙をくゆらせている。

 「お前が、部屋に来るのが、嫌じゃないって言おうとしたんだ、さっき…

  誰かと、同じ時間を共有するのも悪くないなって…思ったから」 

  くわえ煙草のままで、驚いた目で俺を見ているサイファーに向かって。

 「ずっと一人だったじゃないか、孤児院から離れて…一人でいるのに

  慣れてたから、誰もそばに来ようとしなかったし、だから… 」

 次の瞬間、俺はサイファーの腕の中にいた。

耳元で、サイファーの声が聞こえる。

俺の大好きな少しハスキーで、耳に残るような声で俺を呼ぶ。

  「俺が、ずっといてやるから、おまえは安心していいんだ、もう何処にも

  いかない、だから、なっ」

 サイファーが、あんまり優しく笑うから俺は何て答えていいのか

解らないから、そのままその胸にギュッと顔をうずめた。

 …俺はこの胸のぬくもりしかいらないし、欲しくない 

  気の遠くなるような幸福感、今まで感じたことのない感情、

  サイファー、おまえだけが、俺を連れ出してくれたんだ… 

 

 

          END

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