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残り香
──サイファー編── 「いないのか?スコール」 ノブを回すと、ガチャリとドアが開いた。 入ると、住人のいない部屋は、いつも通りに片付けられていた。 「無用心だぞ、幾らガーデン内だって」 ついでに、借りる約束をしていた本を拝借していく事にした。 「はっ、俺が本だなんてよ」 空いた時間に、暇つぶしになりそうな本を棚から物色した。 机の上に、広げられたスコールの日記らしい物を見つけた。 日記なんてつけてるなんてちょっと意外な感じがした。 他人の日記を読むほど俺は無粋じゃないから、 開きっぱなしのそれに、気付かなかったように用事だけをすませて部屋を後にした。 冒頭の部分だけが目に入った、万年筆で書かれた細い癖のある文字。 俺の名前が書かれてあるのが見えた。もうそれだけで、先を開ける気も なく、そりゃ、気にならないと言えば嘘になるけどな。 スコール編 部屋に帰ってきたら、部屋に誰かが入った形跡があった。 今朝、慌てて部屋を出たから鍵をかけ忘れていったんだった。 この部屋に来る奴といえば、一人しかいないから見当はついていた。 フワッとかすかな残り香が漂う。俺の好きだと言った奴独特の香り。 何っていったっけ、一度聞いた事があった。でも、その香水は誰がつけても違う香りになるんだ。 俺の好きな香りにはならなかった。 あいつ以上にこの香水が似合う奴はいなかった。 昨日、貸すと約束していた本が無くなっていた。 「鍵開いてたぞってわざわざ知らせに来るなんて、あいつらしくもない事を」 あいつの性格だから、この日記には指一つ触れてない事は解っていた。 「もっとも、これは日記って訳でもないけどな」 日記というより、覚え書きのようなものだ。 シードになったばかりの頃に、馴れるまでの間の疑問とか自然にメモ していた癖が、そのまま残ってしまっただけの事だった。 「もう寝よう。今日は疲れた」 ベッドに横にはなったものの、 「駄目だ、眠れない」 仕方なく起き上がって、水を飲みに洗面所に立つ。 部屋に残っているあいつの匂いが、気になって疲れているはずの 身体を休ませてくれなかった。 「参ったな。俺、イカレてんな。マジで」 頭を冷やすために、私服に着替えてその辺を散歩する事にした。 消灯も過ぎていたが、まだ起きてる連中は多かった。 寮の回りを一周しながら、俺の部屋の真下に誰か立っているのが見えた。 「まさか?サイファー?」 「なんでこんな所にいるんだ」 「眠れなかったから、あんたこそ」 「俺もさ」 「なんだ同じだったんだ」不意に可笑しくなって笑い声を立てた。 「馬鹿、見つかるぞ」 いきなり手を掴まれて、俺達は暗闇の方に走り出した。 「もうこの辺でいいだろう」 息を切らしながら、俺はホッとしてしゃがみこんだ。 「だらしないぞ、シードの癖にこれくらいで」 「いきなりで驚いたから…」 月灯りをバックにしてこっちを見ているサイファーの姿に 俺は一瞬、見惚れていた。金色の髪に月の光がよく似合っている。 太陽の下でしか見た事のない姿が見慣れないせいなのか、 その先の言葉に詰まったまま見つめ返した。 「参ったな」 「えっ」 「今日は大人しく部屋に帰ろうと思ってたのによ」 ゆっくりとかがみ込んで、サイファーの顔が近づいてくる。 そっと触れた唇の感触。優しく触れるだけの短いキス。 「やっぱりこの匂いだ」 「何だって?」 「俺が散歩に出た訳、あんた、今日俺の部屋にいただろう」 「あぁ、それがなんで原因になるんだ?」 「サァ、何故かな。ただ眠れなくなった」 「それって…俺に逢いたかったって事?」 「照れる事言わせるなよ、ドンカン頭。もう帰って寝る」 「ちっちょっと待てよ」「うわっ」 不意に立ち上がった俺を引っ張ったから、 バランスを失ってそのままサイファーの上によろけて倒れた。 「ごめん、大丈夫か、サイファー?」 「まだ行くなよ、俺だってお前に逢いたかったから、立っていたんだ」 サイファーの胸の中にいると不思議と安心していられるのは 何故なんだろう。誰といるよりも、俺らしい自分でいられる。 その香りが、俺の尖っている神経を和らげていく。 …まるで精神安定剤みたいだ… クスっと笑った俺を見て、ニヤリと笑いを浮かべて引っ張っていた 手の力を弛めてその胸の中に俺の顔を押し付ける。 サイファーの鼓動が、少し早く時を刻む。
──サイファー編── 地面に転がってスコールを胸に抱いたまま、月を見上げた。 辺りは静かで、まるで二人しか存在していない宇宙のように気さえしてくる。 空は、一面に星が出ていて満天の星空とはきっとこういう空のことを言うんだろう。 俺の胸の中にいるスコールもジッと空を見上げていた。 何も喋らなかったけど、不思議とこいつの考えてる事はなんとなく 伝わってくるそんな気がしていた。 胸の中のスコールはやけに小さくて、ずっと抱いていないと消えてしまいそうな錯覚を覚えた。
不意に力の入った腕で、強くスコールを抱き締めた。 「急に、どうし… 」 その先を唇で塞いだ。この瞬間は俺だけのために存在している スコールを抱いていたい。変わらないものなんて何一つないと、嘯いて生きてきた 俺だけど、お前といるこの瞬間だけは永遠に続くと願った。 白い月灯りだけが、俺達を見ている。 お前の瞳に映るのは俺とその後の月だけ。 その月にすら嫉妬を覚えた俺の想いを、口にはしないけどさ(笑)。
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