カーニバル

 

「こっちだよ、早く、早く」

「待てよ、スコール、そんなに急がなくたって」

いつもは、冷静なスコールが今夜ばかりは、少し頬を染めて先へ先へと

足を速めて、車から飛び降りるとスコールは街の灯りが一際明るい方へと

向かって駆け出して行った。 

 ──そう、今夜ばかりは俺も少し浮かれてはいた──

年に一度、遠い街からやってくるサーカスと共に始まるカーニバル。

街中が、華やかにざわつき始めたのは 一週間前にビラがばら撒かれた時。

その一枚を拾い上げたスコールは、嬉しそうに笑った。

 「サーカスも来るんだって、子供の時以来だよね、行こうよサイファー」

嬉しそうに笑うスコールの誘いを無下に断る訳もなく、頭の中でその日のスケジュールを

浮かべながら、軽く返事を返した。

 

 人ごみの苦手な俺は、嬉しそうなスコールを少し離れたベンチに座って

ぼんやりと見ていた。サーカスの中にまで入っては行こうとしないスコールにホッと

したのは正直な気持ちだったが。

いろんな衣装をつけたパレードが始まる。

あでやかな微笑みを浮かべた南国の衣装をつけた美女の乱舞する姿、

横笛を吹く少年、太鼓を叩く熊、色とりどりの風船と紙吹雪が

宙に舞って、夕闇に染まりかけた空を色濃く浮き立たせている。

「サイファーは好きじゃないの? こんな風なお祭りって」

「悪くはないさ、お前が喜ぶんなら」

「お祭りって好きだよ、みんな楽しそうに見えるし、その瞬間はきっと嫌な事 

 があったって忘れさせる何かがあるから」

「誰だって生きてるんだから、嫌な事の一つや二つは抱えてるさ」

 「うん、あっほら、花火が上がった」

暗くなった夜空に時報を知らせる大輪の花が咲く。

ベンチに腰掛けた俺の肩の上に、頭をそっと乗せて花火を見ている。

 白い光がその横顔を照らし出す。永遠と云う瞬間があるのなら、きっとこの時を

云うんだろうと、俺は何となくそう思った。もちろん、言葉にはしなかったけど。

「このカーニバルが終っても、この人達 の旅はまた別の街から街へと

 ずっと続くんだよね 、終りなんてあるのかな」

カーニバルが終ると、スコールの新しい任務が一つ増える。

隣街で始まっている、紛争を押さえて沈静へと方向を変えさせるのが、シードに

与えられた次の課題。明日があるなんて誰にも約束は出来なかった。

 小さく震える唇が次の言葉を発するのを待たずに、その唇を塞ぐ。

何かに怯えるその肩を、いつまでもそばにいて支えていたかった。

唇が触れている瞬間、同時に存在していられる瞬間、人は何故、一つになれずに

生きていかなきゃいけないのか。求める想いが深くなる程、孤独はつのるばかり。

そばにいても埋められない、想いだけが深く広がっていく。

明日は、離ればなれになるのかもしれない、不安感がスコールの瞳を曇らせる。

掛ける言葉を失って、無造作に髪の毛を掻き寄せる。

その小さな温もりを、肩の先に感じながら永遠を願う。消えていくその大輪の花に。

 

 

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