想い 

 

真夜中に、不意に目が覚めた。世界にこのまま押し潰されそうな気さえした。

暗闇は唯そこに存在するだけで、人の心を不安にさせる。

自分の吐いた溜息の重さに驚いて眠れない。

今夜、あいつは何処で何をしているんだろう。遠い野営の空の下で

少しは俺の事を考える暇くらいあるのか。

あいつのいない一日は長すぎる。今日が過ぎれば、又、一日あいつが戻ってくる

日に近づくから、そう思っていつも眠くもないベッドにもぐりこんで

無理やり目を閉じている。もう何日、そんな時間が過ぎただろう。

あいつがいない、唯それだけが俺の心を空っぽにしてしまう。

この部屋の中で、あいつはこの椅子がお気に入りで同じ本の同じ頁を

繰り返し、繰り返し何度も読み返してた。

その少し低いアルトの声を、俺は書類の整理に追われながらも

心地よく聞いているのが好きだった。

(この詩、あんた好きなんだろう?しおりが挟んでたから)

ある日、不意に顔を上げてお前が問いかけてきた。

そんなつもりで挟んでしまった訳ではなかったが、いつのまにかその詩が

俺の中で違う物に変わっている事には違いはなかった。

その問いかけには答えが必要な訳ではないから、目で小さく笑って

その少し開いた唇に、少しきつめのキスで答えを返した。

小さな声が、唇から漏れる。吐息に混じって声が俺の名前を呼ぶから。

その声に答えてやりたくて、その背中に指で愛の言葉を綴る。  

(愛してるよ、世界で一番に、誰よりも)

その胸に耳を乗せると、静かな吐息の度に鼓動を打つ心臓の音が聞こえる。

存在しているからこそ、感じる事の出来る真実。生きているこの瞬間を

大切にしたいと思える時間。

唯一、あいつといる時間が俺にとってはそんな時間だった。

小さなベッドが広く感じられる。 

小さな子供の俺の姿が浮かんで消える。

あいつを失った後、ずっと一人ぼっちだった俺がこっちを見ている。

暗闇は嫌いだ、俺の心の弱い部分を見せ付けてくる。

あいつのいない時間のつまらなさが、俺の心と向き合おうと笑っている。

自分の弱さに心の中に爪を立てられる夜。

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