雨の中を

「やべぇっ・・・ 」

突然降り出した雨に肩を濡らさないように、スコールの手を引っ張って

遠くに見えていた木を目指して走り出した。

「天気予報どおりだったな」

少し濡れた髪を手で掻き分けながら、恨めしそうに空を見上げた。

「だから、早めに帰ろうっ て言ったのに」

止みそうにもない空模様。

「この木の下なら大丈夫だろうから、止むまで待とう」

「大きな木だね」

樹齢100年はありそうなその幹をなでながら、スコールがつぶやいた。  

「そうだな。俺たちの何倍もの年は経ってるんだろうな」

「孤児院にさ・・・」

「んっ?」

「あったよね、こんな木が、いつも登ってママ先生に叱られてた」

「あの木か、確か、火事で燃えて今はないんじゃなかったっけ」

「 サイファーは、あの木が好きだったんだよね」

「ああっ・・・」

記憶の中に甦ってくるのは、ママ先生の呼ぶ声と一人ぼっちで泣いてた

小さな俺の姿。世の中には頼れる者なんて何もないんだと、心に焼き付けた日。

孤児院での温もりだけが俺の幼少時代の思い出。スコールに出逢ったあの子供の頃。

初めての孤児院で、馴れない他人との生活。子供心ながらに、生きていくには

自分の身の回りの事くらいは責任を持たなくてはいけない。

あの木の温もりが暖かさに飢えていた俺には必要だった。

「暖かいな、この木も」

その掌を幹に回して、安心したような表情でもたれているスコール。

「今度さ、あの島に行ってみようか」

目を閉じながら、喋り続けている。

「そうだな、あの戦い以来、行ってないからな」

その薄い唇にそっと唇を重ねる。ゆっくりと首に腕が絡んでくる。

「あんたのキスの仕方ってさ、なんか好きなんだ」

「誰かと比べてんのか?」

「馬鹿、そうじゃなくて、手を繋ぐのと同じ感覚なんだ、特別な仕草じゃなくて、

自然に感じるってのかな、上手く言えないけど」

「素直に好きだと言やぁいいのに」

「自信家だな、サイファー」

ニヤリと笑って、もう一度その唇に触れる。少しだけディープなキスを続ける。

雨の匂いが優しく二人を包んでいる午後。

「雨止まないね、俺さ・・・雨の中を歩くのも好きなんだ」

「風邪引くから駄目だ、体の管理もシードの義務の一つだろう」

「解ってるけど、これ位の事じゃ風邪なんて引かないと思うんだけど」

子供みたいな事を言って口をとがらせる。

「でも、いつまで経ったって雨やみそうもないよ、これ位の雨なら大丈夫さ

行こう、サイファー。小雨だし、大丈夫だから」

「そんな、嬉しそうな顔をして言われちゃ、じゃっ、これかぶってろ」

上着を抜いて頭からかぶせる。

「いいよ、そんなの」

俺の顔を見上げて、諦めたように歩き出す。

どこまでも、続く草原の中で、言葉は交わさないけど心は満たされていく。

振り向いて笑いながら、

「サイファーこそ、風邪引くなよ」

「俺はお前と違って丈夫に出来てっから」

「いつまでも・・・」

「んっ?」

「こうやって歩いてたいよね。振り向いたらあんたがいつもいて」

「決まってるだろう、今までだってそうだったんだから」

「だよね。唯さ・・・いつかあんたと歩けなくなるんじゃないかって・・・

 時々考えるんだ」

「馬鹿だな、余計な事考えんなよ、お前は安心して笑って構えてればいいんだから。

あの木まで競争しよう」

200メートル程、先に見える木を指さして俺は走り出した。

「あっ、ずるい、待てよ」

ムキになって俺を追い越していくスコール。 その背中を見ながら、

(いつだって、俺はお前しか見てなかったし、これからだってずっと・・・

不安なのは本当は俺だって同じさ) 

小さくなっていく後姿を見失わないように走り続けた。

 

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