初恋
 
  

  あいつが、この孤児院にやって来たのはいつだったかな。

まだ俺達みんなが、太陽の下で笑い合えた幸せな頃だった。

何故あのままでいられないんだろう。ママ先生の蔭に隠れて

ここに現れたあいつを、最初女の子かと思ったんだ。

それ位、あいつは儚げで可愛かったんだ。

 俺は元々、人見知りをする性格じゃなかったから、すぐあいつとは

打ち解けて仲良くなれたつもりだった。

だったって云うのは、俺の思ってるほどあいつが打ち解けてくれなかったから。

頭の来る事にここ(ガーデン)で再開した時、あいつの頭の中には、

ママ先生と過ごした日々がまったく残ってなかった事だ。

孤児院を去った後、あいつに何かがあったのかも知れない。

だってそうだろう…人間そんなに子供時代の頃の事を綺麗さっぱり

忘れるなんてありえないだろう?

いや、そうじゃないのかもしれない、俺だけが変わってないだけなのか。

 

 ガーデンでのあいつの強さは異常だった。怖い物知らずってのはこう云う事なんだ

とあいつを見てるとつくづくそう思う。

俺はあいつの訓練してる姿を、見るのが好きだった。

誰もいない午後の訓練所、

あいつの見事なまでの剣さばきは見ていて惚れ惚れするほどだ。

サイファーがあいつにかまうのも仕方ない事なんだ。

 やつは、孤児院にいた頃からスコールびいきだったから。

知らないのは本人だけってところか。時折俺と目が合うと、嫌味なほどに

スコールにちょっかいを出す。…こいつ、俺に喧嘩売ってんな…

だが、この頃少しだけ変わったことに気が付いた。

スコールの目がすごく優しくなってきたって云うのか、なんか色っぽいんだ。

なんて云ったらあいつに殺されちまいそうだけど、実際そうなんだから仕方ない。

…なんかあったのかな?まさか恋?相手は?…

 

 シードの訓練も終った時刻を見計らって、俺はスコールの部屋を訪ねた。

「コンコン」 

何回かのノックに反応もなく諦めかけながら

試しにドアノブを回してみたらすんなりと扉は開いた。

「無用心だなぁ、スコールいないのか?」

そっと中に身体を滑り込むように入った。

殺風景な部屋、読みかけの本が足元に無造作に転がってる。

「本なんて読む暇なんてあるのか?あれだけの事やってんのによ」

 ぶつぶつ云いながら、ベッドの方に目をやった俺は部屋の住人を

発見した。ぐっすりと寝入ってるようだった。

「なんだ、いたんだ。人が入ってくるのにも気付かないなんて

 シード失格だぞ、スコール」

…まっそれだけ疲れてるって事なんだろう…

 そっとベッドの隅に腰を降ろした。じっとその寝顔を見ながら

無防備なその顔に小さかった頃の面影が重なる。

「う…ん」 

寝返りを打ちながら何か言っているのが聞こえた。

「サイファー…」

一瞬、自分の耳をマジに疑ったぜ。なんであんな奴の名前を。

 日頃の訓練時に見せるきつさを残さない、その寝顔に思わず魅入っていた

俺は何故か嫉妬心が浮かんだ。

…なんだ、このイライラは…自分の頭を思いっきり叩く。 …痛ッ…

…まさか、俺は、こいつの事を…

本当の気持ちに気付いた俺自身が一番驚いていた。

 

 不意にスコールの唇がほころび小さな微笑を浮かべた。

…こんな風に笑うんだ、こいつって。どんな夢見てんだか…

きっとこいつは、今一番幸せな夢を見てるんだろう。

日頃の厳しい訓練、実践の毎日、神経が磨り減らない方がおかしいくらいの

生活を繰り返しているシード生達。

自分でも気が付かない内にそっと唇を重ねていた。

…柔らかい… 初めて触れたその唇。

不意に目を開けたスコールが、

状況を飲み込めずにしばらく唖然としているのが解った。

「なっ、何したんだよ、あんた今」

いつものスコールらしいきつい言葉がこぼれる。

「何?って、あいつとお前がいつもしてる事だろ」

「なっ」

頬が一瞬赤くなったのを俺は見逃がさなかった。

…図星か…

「はっ、参ったな。カマかけただけなのによ」

平手打ちが飛んでくるその前に、俺はヒョイっと避けて立ちあがった。

「冗談と思ってる?さっきの」

 いつものポーカーフェイスを装いながらも、俺の手が震えてるのを

気付かせないようにじっとスコールの目を見返した。

「何言ってるんだ、いつものあんたに戻れよ」

「ごまかすなよ、俺はあんたの事を」

「それ以言ったらぶんなぐるぞ、アーヴァイン」

そんな言葉を無視してそっと手をその頬に触れてみる。

…なんで、こいつ男なんだよ、俺の初恋なのによ、

初めてママ先生の所で逢った時から俺は…

パシッとその手が払われスコールは、俺に背中を向けた。

「後を向いてる前に出て行けよ、頼むから…

俺はあんたの事は嫌いになりたくなんかないんだ」

深い溜息が一つ、俺の口から漏れた。

 

 その背中が答えなんだと、拒絶のみが今の俺に与えられたもの。

最後の思いを込めてその細い肩を抱き締める。

「悪かったな、明日遅れんなよ、出発は早いぜ、じゃっな」

そのまま、バタンとドアを閉めて俺はスコールから遠ざかる。

1歩1歩あいつから遠ざかっていく、まるで届かぬこの思いのように。

…さよなら、俺の初恋 明日からまたいつもの俺に戻るだけさ、

なんだ?泣いてるのか?馬鹿だな俺って…

END