2004年10月28日                       04/10/29
  寺尾判決30ヵ年糾弾・狭山再審要求・特別抗告審闘争勝利徳島集会
                      主催 部落解放徳島地方共闘会議
寺尾判決から30年。10月29日の中央集会を前に、午後6時から県同対センターにおいて、約120人の参加で徳島集会が開かれた。
共闘会議の主催者あいさつのあと、部落解放同盟・民主党・社民党・徳島狭山の会のあいさつが行われた。
続いて、曹洞宗が作った 「狭山事件」 というビデオで、狭山事件についてもう一度学習。
その後、石川さんからのメッセージが読み上げられた。さらに、集会決議を全体の拍手で確認し、シュプレヒコール、 「差別裁判うちくだこう」 を合唱。
最後に、今やヤマ場となっている特別抗告審勝利をめざして闘うことを誓い、団結ガンバロウで集会をしめくくった。
 石川さんのメッセージ
特別抗告審も最大な山場を迎えたこんにち、10・31寺尾不当判決30カ年糾弾集会に決起された全ての皆様に心から感謝の一文をお届け致します。
返り見ると寺尾判決から30年が経過してしまった訳でありますが、彼の時、私を含め、弁護団も其れ迄の寺尾裁判官は民主的な判決を出していたこともあって 「寺尾裁判官ならば、狭山事件の冤罪性を理解し、無罪判決を出すであろう」 と楽観的な見方に足元を掬われました。
以後、沢山の無実の証拠が次々に明らかになりながら、「無実」 を勝ち得ない儘、今日に至っていることに対し、無念の思いは禁じ得ないながらも、彼の時から30年経った今も永遠と狭山再審実現を目指して、
支援活動を続けて下さって居られる皆様方のお心に私はどれ程救われたか筆舌に尽くしえない程の感謝を抱きつつ、差別の 「根源」 を狭山裁判を通して、世の人々に知らしめようと、自らを奮い立たせて確定判決以降も精一杯闘い続けて参りました。
言及するまでもなく、最高裁による切迫情勢の中にあって、皆様方、夫々が創意工夫され、狭山再審闘争が、「差別糾弾闘争」 の位置づけが大衆的に承認されるべく、新100万人署名貫徹と共に精力的に展開されています。
正に 「狭山勝利」 こそが、「差別をなくす」 ための 「試金石」 として私自身も大勢の人に働きかけ、必死に支援運動の協力を呼びかけているところです。
此の天王山ともいうべき 「特別抗告審」 に於いて、種々な鑑定書等から見て、最高裁は最早、先の高木、高橋決定の不当性を速やかに認め 「事実調べ」 を行うべく東京高等裁判所に 「差し戻し」 して 「事実審理」 を行う以外にないと思いますが、
そういう意味でも、今日までの狭山支援運動の歴史的闘い、実践を集約する今日の 「糾弾」 集会と、その後に結論が出されるであろう司法当局の 「判断」 に対し、少なからず影響を与えるものと確信いたします。
元より、如何にガードが硬い司法権力といえども、私が再武装して闘うならば、どんなに厚い壁であろうとも突き崩せない筈はありません。だからこそ私は正論で進む一方、権力と一切妥協しない強固な意志を全面に出して不屈に闘っているのであります。
何れにせよ、無実の罪で32年間も拘禁生活を余儀なくされたこともさることながら、現在に至っても「殺人犯」の汚名は着せられた儘であり、然も、齋藤一連鑑定の結果、高木、高橋決定なるものが、如何に好い加減な 「論理」 で再審・異議審を棄却したかなどを思うと、あらたに怒りがこみ上げてきますが、
皆様方も私同様に憤慨すると同時に 「石川が差し戻しを勝ち取るまでは最高裁を包囲し続ける」 とテコでも動かない姿勢を貫いておられるので、私自身も更に支援者皆様に喚起すると共に、「本審で絶対 『事実調べ』 を実現させるんだ」 の意気込みで闘っております。
何卒皆様も、厳しい姿勢で司法当局の不誠実な対応を許さないよう監視すると共に、一日も早く 「事実調べ」 が行われますよう最高裁に要請活動して頂きたく、此処に再度お願い申し上げて石川一雄の御挨拶といたします。今日は本当にありがとうございました。
石川 一雄
寺尾不当判決30カ年糾弾・再審実現決起集会参加ご一同様
 狭山事件を考える徳島の会メッセージ
10・31 (28) 寺尾判決30ヵ年糾弾徳島県内集会に結集の皆様に連帯のメッセージを送ります。
私たち、狭山事件を考える徳島の会は、1997年3月に発足し、今年の3月で8回目の総会を開催することができました。徳島・狭山の会は、狭山事件の真相を広く住民に知らせ、公正な裁判を求めるとともに石川一雄さんを支援し、
事件の背景にある部落差別を始めとするすべての差別をなくすることを目的とし、運動を行うことを、この総会で再確認し、節目における全会員のハガキ行動などを取り組むこととしました。
5月には、狭山現地調査を実施しました。富士見集会所で石川一雄さん・早智子さんから狭山の近況報告を受けた後、現地調査を行いました。
この現地調査には、部落解放徳島地方共闘会議をはじめ沢山の団体や仲間からカンパが寄せられました。本当に皆さんありがとうございました。この場をお借りしまして厚く御礼申し上げます。
8月には、石川一雄さん・早智子さんも参加して、徳島狭山の会交流会を藍住町で行い、多くの仲南が集まり交流を深めるとともに、新100万人署名の取り組みを成功させることを確認しました。 
この署名には10月27日現在で約1000名の署名をいただきました。
さて、住民の会は全国各地で結成されています。その仲間が結集する場として、9月28日には、狭山住民の会全国交流会が開催され、特別抗告審から3年をへており、最高裁の判断が近い時期にある、正念場であり闘いの強化をとの要請がありました。
徳島狭山の会としても、30年間も事実調べさえ行わない裁判の不当性と司法の現状を訴え、再審要求・特別抗告審の勝利、石川さんの無実を勝ち取るため、取り組みを強化していきます。
共闘会議の皆さんとともに、最後まで闘うことを決意し、連帯のメッセージとします。
 集会決義
狭山事件の確定判決となっている寺尾判決から30年を迎える。いいかえればこの30年間まったく事実調べがおこなわれていないことを意味する。
弁護団は、多数の新証拠、しかも専門家による鑑定書、意見書を裁判所に提出して、石川一雄さんの無実と寺尾判決の誤りを明らかにしているのである。
たとえば、弁護団が提出した専門家の筆跡鑑定書、意見書は21通にもおよび、それらは石川さんが脅迫状を書いたのではないことを明白に証明しているが、鑑定人尋問はおこなわれていない。
とくに、第2次再審で提出された斎藤保・指紋鑑定士による5通の鑑定書と鑑定補遺は、石川さんと脅迫状が絶対に結びつかないこととともに、自白のおかしさ、寺尾判決の認定の誤り、万年筆の疑問を明らかにしている。
しかし、東京高裁は、斎藤鑑定人の尋問もおこなわず、「推測の域を出ない」 とするだけで、退けている。しかも、いま最大の焦点となっている封筒の 「抹消文字」 「2条線痕」 の存在について棄却決定は全く触れていない。
袴田事件の棄却決定も同じだが、弁護側鑑定については鑑定人の尋問もおこなわず、一方的な決めつけで排斥するというやりかたは許されない。狭山事件の第2次再審における新証拠の数々を考えれば、もはや鑑定人尋問などの事実調べは不可欠である。
狭山弁護団は、10月29日に補充書、新証拠を最高裁に提出し、調査官と面会して事実調べを強く求める。また、全国各地で取り組んだ 「狭山事件の公正な裁判-事実調べを求める」 新100万人署名も最高裁に提出し、要請行動をおこなう。
わたしたちは、弁譲団の補充書提出を受けて、最高裁に棄却決定の取り消しと事実調べ、証拠開示の保障、再審開始を求める。狭山事件・えん罪41年を問いかけ、石川さんの無実をより多くの人々に広める。
そして、司法のデタラメさと不正義を暴露し、再審を求める世論をもっともっと大きくし、狭山再審闘争の完全勝利をめざして、最高裁に対する特別抗告審の闘いを断固おしすすめるものである。
 以上決議する。
2004年10月28日
寺尾判決30ケ年糾弾・狭山再審要求・特別抗告審問争勝利徳島集会参加者一同