カバン・腕時計 04/7/1
さらに、「カバン」 「腕時計」 について紹介する。
 関係地図
峯田孝治・井上直樹 作成地図 (「狭山差別裁判9・10号」 1974年)
①入間川駅  ②すずや  ③荷小屋  ④荒神様
⑤出会い地点(「自白」)  ⑥雑木林への道  ⑦「殺害現場」(自白) 
⑧スコップ・芋穴・死体  ⑨ゴム紐・カバン・教科書  ⑩石川さん宅
⑪腕時計  ⑫佐野屋  ⑬ ID養豚場  ⑭被害者宅  ⑮高校
⑯狭山市立富士見集会所(事件とは何の関係もない)
⑭~⑮通学路約5km(直線距離4km弱) ⑤~⑦700m ⑦~⑧200m
5月 3日  自転車のゴム紐
5月11日  スコップ
5月25日  教科書・ノート
6月21日  カバン
6月26日  万年筆
7月 2日  腕時計
 カバン
6月21日、カバンが発見された場所はミゾの中とされ、自転車の荷台のゴム紐の発見 (5月3日) と同じ、前述の関巡査部長であった。もっとも、ゴム紐が本当にYNさんのものかどうかは、実ははっきりとしていない。
5月25日には教科書・ノートが発見されている。桑畑の草取りに来ていたSMが、側溝の中の土を畝にかきあげていて、側溝の中に埋められていた教科書・ノートを発見したのである。
1.2mにわたって並べられ、かなり深く土がかぶせられていた。5月1日は、激しい雨が降っており、この側溝には水が流れていたはずである。「自白」 どおりの時間帯では、そんなことはできない話なのだ。
そのことはおいておくとしても、とにかく不思議なことに、このゴム紐や教科書の発見に伴い、特に念入りに山狩りが行われたはずの場所からカバンが発見されたのである。
ちなみに、このカバンの下からは、半分中味のはいった牛乳ビン、ハンカチ、三角巾が発見されている。これらは、石川さんの 「自白」 にはでてこない。
また、カバンの中には <刺しゅう糸2巻、真鍮編棒1本、紙片4枚、女物櫛1個、チリ紙若干> が入っていた。
ゴム紐~カバン 56m  教科書~カバン 134m
⑦殺害現場(「自白」)~⑧芋穴・死体  200m 
6月21日となっており、6月20日の 「自白」 によって発見されたことになっている。しかし、前述のように6月20日という日付はねつ造の可能性がある。カバンは、本物かどうかは別にして、既に警察の手の中にあったと考えられる。そして、21日に 「発見」 するようにしたのである。
「自白」 に基づいて発見されれば、一般的には犯人に間違いないということになる。再逮捕したものの、否認を続ける石川さんを犯人と印象付ける工作が必要であった。そして、調書の日付を改ざんしながら、関巡査部長に 「発見」 させたのである。
ところで、YNさんの家族は 「一見革製にみえるチャックつきのカバン」 と言っていたのだが、発見されたものは 「革製」 であった。本当にYNさんのものかどうかも疑わしいのである。
発見されたカバン
他にも、様々な疑問があるが省略する。まとめると、<既に捜索していた所からカバンがでてきた。しかも、ほんものの 「革製」 のカバンであった> ということである。これは、何を意味するのであろうか。
 腕時計
7月2日、腕時計が発見された。おかしなことに、この腕時計だけが 「犯行現場」 から遠く離れている。
石川さんは 「道の真中に捨てた」 と 「自白」 させられている。証拠の品を 「道の真中に捨てた」 なんてことが信じられるだろうか。捨てるにしても、普通は人目につかないところに捨てるはずだ。
6月24日 (この日付はあやしいのだが) に 「自白」 したことになっている。ところが、警察が捜索に向かったのは、29日と30日である。なぜ5日もたってからなのか?
カバンはうまくいった。が、万年筆では 「風呂場」 から 「鴨居」 に場所変更しなくてはいけなくなり、「うまくいった」 とは言えなかった。そこで、腕時計は、「自然に発見される」 ように慎重になったのではないだろうか。29・30日の捜索は、7月2日の伏線であった。
腕時計は、石川さんの 「自白」 の場所から7.5mの道路沿いの茶畑のうねのところ (道から45cm) にあるのを、78才のMOが見つけた。いかにも 「自然な発見」 である。
では、なぜ29日・30日の捜索で見つからなかったのか。7、8人の警官が捜したのは、「自白」 の所から5mの範囲だったからというのである。しかし、実際にはもっと広い範囲を捜索している。「発見場所」 も捜したという警官の公判での証言もある。
29日・30日に捜索し、近所に聞き込みし、時計が捨てられたらしいという噂をばらまいておいて、何者かが腕時計をおいたのだ。そして期待通り、畑の野廻りをやっているMO (78歳) が 「発見する」 ことになったのである。
×「自白」 の場所  ○発見場所 発見場所を指差すMO
ところが、発見された腕時計は、防水でもなんでもないのに、2ヶ月間野ざらしだったはずなのに、ちゃんと動いた。
しかも、埼玉県警が品ぶれで公開していたのは、「シチズンコニ― 側番号 C6803 2050678」 であったのに、発見されたのは 「シチズンペット 側番号 6606 1085481」 であり、全く別物だった。
上・発見された時計   下・品ぶれの時計
しかし、1審内田判決では、「品ぶれがまちがっていたのだ」 として、この決定的とも思える事実を握りつぶした。
また、ベルトの穴が2ヶ所大きくなっていた。YNさんよりひと回り腕が細い人物の腕時計のベルトに、YNさんのサイズの腕にあわせて穴を大きくした可能性がある。
さらに驚くべきことに、石川さんは取調べでYNさんの時計だと見せられ (6月26日頃)、実際にはめてみて、「ぴったりだったから、YNさんも案外腕が太いな」 といってみんなで笑ったと、二審で証言している。7月2日以前に、腕時計は警察にあったのだ。
 3大物証
万年筆、カバン、腕時計・・・「自白」 に基づいて発見されたとされる3大物証といわれるものである。しかし、今まで見てきたように、これらはいずれも、ねつ造された証拠であり、いずれもYNさんのものでない可能性がある。