日本人の死因において、心疾患と脳血管疾患を合わせた「動脈硬化性疾患」は常に上位を占めており、国民の健康寿命を延伸する上でその克服は至上命令である。本ガイドラインは、動脈硬化性疾患の発症(一次予防)および再発(二次予防)を包括的に抑制するための科学的根拠に基づいた道標として改訂された。2022年版では、近年のエビデンス蓄積に伴い、従来の脂質管理を中心としたアプローチから、個々の患者が持つ複数のリスク因子を総合的に評価し治療する「包括的リスク管理」へのシフトがより鮮明に打ち出されている。
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日本人の死因において、心疾患と脳血管疾患を合わせた「動脈硬化性疾患」は常に上位を占めており、国民の健康寿命を延伸する上でその克服は至上命令である。本ガイドラインは、動脈硬化性疾患の発症(一次予防)および再発(二次予防)を包括的に抑制するための科学的根拠に基づいた道標として改訂された。2022年版では、近年のエビデンス蓄積に伴い、従来の脂質管理を中心としたアプローチから、個々の患者が持つ複数のリスク因子を総合的に評価し治療する「包括的リスク管理」へのシフトがより鮮明に打ち出されている。
今回の改訂における最大のハイライトは、一次予防におけるリスク評価システムとして「吹田スコア」に基づく絶対リスク評価が完全に定着した点である。さらに、二次予防(既往歴のある患者)において、さらなる高リスク群を「超高リスク」と定義し、LDLコレステロール(LDL-C)の管理目標値を従来の 70 mg/dL 未満から 55 mg/dL 未満へと引き下げた。また、非空腹時採血の普及に伴い、Non-HDLコレステロール(Non-HDL-C)の活用が推奨され、脂質異常症の診断基準に「随時トリグリセライド(TG)」が明記されたことも実臨床に即した重要な変更である。
過去数十年間において、日本人の生活習慣は急速に欧米化し、脂質異常症や糖尿病の有病率は増加の一途を辿っている。かつて日本人は欧米人に比べ冠動脈疾患(心筋梗塞など)が少なく、脳卒中(特に脳出血)が多いとされてきたが、血圧管理の向上により脳出血は減少した。一方で、虚血性脳卒中(脳梗塞)や冠動脈疾患のリスクは依然として高く、特に高齢社会の進展に伴い、絶対的な患者数は高止まりしている。疫学データは、コレステロール値の上昇が冠動脈疾患の発症率と直線的な正の相関関係にあることを明確に示している。
動脈硬化を促進する因子は多岐にわたる。固定因子である「加齢」「男性」「家族歴」に加え、介入可能な主要リスク因子として「脂質異常症」「高血圧」「糖尿病」「喫煙」が挙げられる。近年の疫学研究では、これらの因子が単独で存在するよりも、軽度であっても複数重複することで、乗算的に血管障害が進行することが証明されている(メタボリックシンドロームの概念など)。また、慢性腎臓病(CKD)や末梢動脈疾患(PAD)も、それ自体が強力な心血管イベントの独立した予後不良因子であることが統計的に裏付けられている。
脂質異常症の診断は、原則として空腹時採血の数値に基づくが、利便性を考慮し随時(非空腹時)の基準も整備された。
| 項目 | 基準値 | 分類・備考 |
|---|---|---|
| 高LDLコレステロール血症 | ≥ 140 mg/dL | 120?139 mg/dLは境界型 |
| 低HDLコレステロール血症 | < 40 mg/dL | |
| 高トリグリセライド(TG)血症 | ≥ 150 mg/dL (空腹時) / ≥ 175 mg/dL (随時) | 随時(非空腹時)が明記 |
| 高Non-HDLコレステロール血症 | ≥ 170 mg/dL | 150?169 mg/dLは境界型 |
スクリーニング時には、脂質だけでなく、血糖値(HbA1c)や血圧、尿蛋白の有無も同時に確認し、患者の全体像を把握する。
冠動脈疾患の既往がない患者(一次予防)に対しては、一律の数値で治療を決めるのではなく、今後10年間の発症確率(絶対リスク)を予測する「吹田スコア」を用いる。年齢、性別、喫煙歴、血圧、LDL-C、HDL-C、糖尿病、早発性冠動脈疾患の家族歴を点数化し、総得点から「低リスク」「中リスク」「高リスク」の3段階に分類する。ただし、糖尿病、CKD、PADを合併している場合は、スコア計算を行うまでもなく、自動的に「高リスク群」として厳格な管理が求められる。
スクリーニングによって分類されたリスク区分に基づき、以下のLDL-CおよびNon-HDL-Cの目標値が設定されている。
高リスク群のうち、糖尿病において血糖コントロール不良や微小血管合併症(網膜症・腎症など)がある場合は、さらに厳格な LDL-C < 100 mg/dL が目標となる。
すでに冠動脈疾患の既往がある患者(二次予防)は、再発の危険性が極めて高いため、強力な脂質低下療法が必要である。
超高リスク群とは、急性冠症候群(ACS)の既往、糖尿病の合併、家族性高コレステロール血症(FH)、あるいは適切なスタチン治療下でも再発を繰り返す患者などを指す。血管内皮を極限まで安定させるため、徹底した低値維持が推奨される。
食事療法はすべての脂質管理の根幹である。総エネルギー摂取量は、適正体重(BMI 22)を維持するレベルとし、栄養素のバランスを適正化する。
運動療法: 有張力運動を中心に、毎日合計30分以上、または週に150分以上を目標に行う。強度は「ややきつい」と感じる中等度(3メッツ以上)が目安である。また、インスリン抵抗性を改善し脂質代謝を促すため、週2?3回のレジスタンス運動(筋トレ)の併用が有効である。
禁煙: 喫煙は血管を収縮させ、プラークの破綻を誘発する最大の悪要因である。本人が完全に禁煙することはもちろん、周囲の人間による受動煙を防ぐ環境づくりも強く求められる。加熱式タバコも安全とは言えず、一律で禁煙の対象とする。
生活習慣の改善を数ヶ月行っても管理目標値に達しない場合、あるいは二次予防や高リスク群では、速やかに薬物療法を導入する。LDL-C低下療法の第一選択薬はスタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)である。スタチンは肝臓でのコレステロール合成を抑制し、LDL受容体を増加させることで血中LDL-Cを強力に低下させる。これにより心血管イベントの発症・再発を抑制することが膨大な臨床試験で証明されている。投与開始後は、定期的な肝機能検査(AST/ALT)や、横紋筋融解症の指標であるCK(クレアチンキナーゼ)の測定を行う。
スタチンの最大量投与でも目標値に達しない場合、小腸コレステロール吸収阻害薬であるエゼチミブを併用する。さらに、二次予防の超高リスク群などで効果が不十分な場合は、強力な注射薬であるPCSK9阻害薬の追加を検討する。
一方、高TG血症に対しては、生活習慣改善を前提としつつ、フィブラート系薬や高純度EPA製剤、ペマフィブラートなどが選択される。ただし、スタチンとフィブラート系薬の併用は、腎機能障害がある患者では横紋筋融解症のリスクが高まるため、慎重なモニタリングが必要である。
家族性高コレステロール血症(FH)は、遺伝的な要因によってLDL受容体の機能が低下し、出生時から著明な高LDL-C血症を呈する指定難病である。ヘテロ接合体は200?300人に1人と比較的頻度が高く、見過ごされやすい。FH患者は若年期(男性は30?40代、女性は50代?)から冠動脈疾患を発症するリスクが極めて高いため、一般的な脂質異常症とは一線を画した「早期発見・早期治療」が不可欠である。
成人のFH診断基準は、①未治療時のLDL-C ≥ 180 mg/dL、②腱黄色腫(アキレス腱の肥厚など)または皮膚黄色腫、③FHあるいは早発性冠動脈疾患の家族歴、の3項目のうち2項目以上を満たすものとする。
治療目標値は、一次予防であっても LDL-C < 100 mg/dL、二次予防であれば < 55 mg/dL と極めて厳格に設定されている。初期から強力なスタチン(高用量)を使用し、エゼチミブやPCSK9阻害薬を早期から組み合わせる集中的な多剤併用療法が必要となる。
高齢者における脂質管理は、年齢や個人の身体機能(ADL)、認知機能、併存疾患などを総合的に勘案する「個別化」が重視される。
女性: 閉経前はエストロゲンの保護作用により動脈硬化のリスクは低いが、閉経後はコレステロール値が急激に上昇し、男性を追うようにリスクが高まる。閉経後の女性への治療介入は、絶対リスクを慎重に評価した上で行う。なお、妊娠中・妊娠の可能性のある女性へのスタチン投与は禁忌である。
小児・若年層: 主にFHのスクリーニングと家族へのアプローチ(カスケードスクリーニング)が中心となる。若年期からの適切な生活習慣の定着が、将来の動脈硬化進行を抑える最大の鍵となる。
糖尿病やCKDを合併している患者は、血管内皮の機能低下や微小血管障害が背景にあるため、動脈硬化が進行しやすい。
動脈硬化性疾患の予防は、単一の検査数値を正常化させることではなく、患者の将来のQOLを維持することである。そのためには、医師による薬物処方だけでなく、看護師や保健師による特定保健指導、管理栄養士による具体的な食事栄養指導、健康運動指導士による運動処方など、多職種が連携した包括的なアプローチが不可欠である。患者自身が疾患のリスクを正しく理解し、生涯にわたって良好な生活習慣を維持できるよう、地域・医療機関全体でサポートする体制を構築することが本ガイドラインの最終的なゴールである。