動脈硬化性疾患予防ガイドライン2022年版
要約と解説

【第1章】 序論と改訂のポイント

要約
本ガイドラインは国民の健康寿命延伸を目的に、心血管疾患の発症(一次予防)および再発(二次予防)を包括的に抑制するための道標である。2022年版では「生活習慣病の重症化予防」へのシフトを鮮明にし、個々のリスク因子を総合評価する包括的リスク管理を重視。一次予防の評価システムとして「吹田スコア」が完全定着したほか、二次予防の「超高リスク群」の新設と目標値の厳格化、随時(非空腹時)脂質基準の明記などが行われた。
解説
今回の改訂は、単に「コレステロールの数値を下げる」だけでなく、患者が持つ背景(血圧・糖尿病・年齢など)を総合して「その人全体の未来の絶対リスク」を評価して治療方針を決めるという方向性がより強固になりました。非空腹時(随時)の採血データも正式な診断材料として認めたことで、実臨床での利便性が大きく向上しています。

【第2章】 動脈硬化性疾患の疫学

要約
食生活の欧米化や運動不足に伴い、日本人の脂質異常症や糖尿病は増加傾向にある。 適切な血圧管理の普及によって脳出血は劇的に減少したものの、高齢化を背景に脳梗塞や冠動脈疾患(心筋梗塞など)の 絶対的患者数は高止まりしている。疫学研究では、コレステロール値の上昇が冠動脈疾患の発症率と直線的に正の相関関係にあること、 また個々の因子が軽度であっても「重複」することでリスクが乗算的に跳ね上がることが裏付けられている。
解説
日本人の疾病構造は変化しています。「血圧さえ下げておけば脳卒中は防げる」という時代は終わり、 現在は糖尿病や脂質異常症による「脳梗塞(虚血性)」や「心筋梗塞」をどう防ぐかが課題です。 「少し太り気味で、少し血圧が高く、少しコレステロールが高い」といった、一つひとつは軽症に見える状態(メタボリックシンドロームなど)の重複が、 実は最も動脈硬化を急速に進行させる危険な状態であると警鐘を鳴らしています。

【第3章】 スクリーニングとリスク評価

要約
診断は空腹時を原則としつつ、随時(非空腹時)の基準も設定された。 高LDL-C血症(≥ 140 mg/dL)、低HDL-C血症(< 40 mg/dL)、 高Non-HDL-C血症(≥ 170 mg/dL)に加え、トリグリセライド(TG)は空腹時 ≥ 150 mg/dL、随時 ≥ 175 mg/dL と定義。 冠動脈疾患の既往がない一次予防では「吹田スコア」を用いて10年間の発症絶対リスクを予測し、 低・中・高リスクに層別化する。ただし糖尿病、CKD、PAD合併例は、計算を経ず自動的に「高リスク群」となる。
解説
実臨床で採血をする際、必ずしも絶食で来院する患者ばかりではないため、 随時TG(175 mg/dL以上)が基準化されたことは重要です。また、リスク評価に用いられる 「吹田スコア」は、日本の地域住民のコホート研究(吹田研究)を基に作られているため、 日本人の実態に非常に即しているのが特徴です。糖尿病や腎臓病(CKD)があるだけで 無条件に「高リスク」になるのは、それほどこれらが血管内皮を強力に傷つける疾患だからです。

【第4章】 包括的リスク管理と管理目標値

要約
一次予防におけるLDL-C管理目標値は、低リスク群 < 160 mg/dL、 中リスク群 < 140 mg/dL、高リスク群 < 120 mg/dL(糖尿病合併かつ微小血管症あり等の場合は < 100 mg/dL) と階層化されている。二次予防(既往あり)は原則として < 70 mg/dL を目指すが、 急性冠症候群(ACS)の既往、糖尿病合併、家族性高コレステロール血症(FH)などの重複がある場合は 「超高リスク群」と定義され、< 55 mg/dL という極めて厳格な目標値が設定された。
解説
2022年版の最大の目玉の一つが、二次予防における「超高リスク群」に対する LDL-C < 55 mg/dL という目標値の新設です。 海外の大型臨床試験において、「コレステロールは低ければ低いほど(The lower, the better) 心血管イベントの再発を抑えられる」というエビデンスが確立されたことを受け、日本でもこの非常に厳しい基準が採用されるに至りました。

【第5章】 生活習慣の改善(食事・運動・禁煙)

要約
脂質管理の根幹は生活習慣改善である。食事療法では適正体重の維持(BMI 22目安)を目指し、 飽和脂肪酸(肉の脂など)を総エネルギーの7%未満、コレステロール摂取を高LDL-C患者では200 mg/日以下に制限する。 食物繊維(20 g/日以上)やn-3系多価不飽和脂肪酸(魚の油)の摂取、糖質・飲酒の制限(高TG血症対策)を推奨。 運動は中等度以上の有酸素運動(毎日30分以上または週150分以上)と週2?3回の筋トレを組み合わせる。 喫煙はプラーク破綻の最大因子であり、加熱式タバコを含め完全禁煙と受動喫煙防止を徹底する。
解説
「薬を飲めば何を食べてもいい」わけではなく、理にかなったライフスタイルの修正が不可欠です。 食事に関しては、かつてのように「コレステロールを含む食品(卵など)の一律排除」ではなく、 「飽和脂肪酸(動物性脂)を減らし、食物繊維や魚の脂を増やす」という“質の改善” に焦点が当てられています。また、喫煙は血管を直接強力に傷つけ、 血管壁に溜まった脂の塊(プラーク)を破裂させて心筋梗塞を引き起こす最大の引き金となるため、 「禁煙」はどの薬物療法よりも優先されるべき介入とされています。

【第6章】 薬物治療の実際

要約
数ヶ月の生活習慣改善でも管理目標値に達しない場合、 または二次予防や高リスク群では早期に薬物療法を導入する。 LDL-C低下療法の第一選択薬は肝臓でのコレステロール合成を抑える 「スタチン(HMG-CoA還元酵素阻害薬)」であり、心血管イベントの抑制効果が豊富に証明されている。 スタチンで効果不十分な場合は小腸コレステロール吸収阻害薬(エゼチミブ)やPCSK9阻害薬を併用する。 高TG血症に対してはフィブラート系薬やペマフィブラート、高純度EPA製剤などが用いられる。
解説
薬物療法の王道は依然としてスタチンです。 スタチンは単に数値を下げるだけでなく、血管壁のプラークを硬く安定化させて破綻しにくくする作用 (多面的作用)を持っています。新世代の薬剤として、スタチンと異なる機序でコレステロール吸収を抑える 「エゼチミブ」や、劇的な低下作用を持つ注射薬「PCSK9阻害薬」が登場したことで、 第4章で掲げられた「LDL-C < 55 mg/dL」という厳しい目標を実際に達成することが可能になりました。

【第7章】 家族性高コレステロール血症(FH)

要約
家族性高コレステロール血症(FH)は、遺伝的要因により生まれつきLDL受容体の機能が低下・欠損し、 著明な高LDL-C血症を呈する指定難病である(ヘテロ接合体は200?300人に1人)。 未治療時LDL-C ≥ 180 mg/dL、腱黄色腫(アキレス腱の肥厚など)、 早発性冠動脈疾患の家族歴の3項目中2項目以上で診断。若年期から心筋梗塞のリスクが極めて高いため、 一次予防でも < 100 mg/dL、二次予防では < 55 mg/dLを目標に、早期から高用量スタチンを中心とした強力な多剤併用療法を行う。
解説
FHは決して珍しい病気ではなく、「クラスに1人か2人はいる」ほどの高頻度な遺伝性疾患です。 FHの恐ろしい点は、「生まれた瞬間からずっと血管が悪玉コレステロールの嵐に晒されている」ことです。 そのため、40代、あるいは30代といった若さで突然、致命的な心筋梗塞を起こすリスクがあります。 健康診断で「未治療なのにLDL-Cが180以上ある」あるいは「親兄弟が若い年齢で心臓病をやっている」場合は、 即座に専門医によるFHのスクリーニングと、強力な薬物治療の開始が必要です。

【第8章】 特殊な背景を持つ集団への対応

要約
高齢者における脂質管理は「個別化」が重視される。75歳未満(前期高齢者)は成人に準じるが、 75歳以上(後期高齢者)では、一次予防における薬物療法のベネフィットに議論があるため食事療法等を優先し慎重に判断する。 ただし二次予防(再発予防)については、高齢者でもスタチンの有用性が確認されているため安全性を考慮しつつ継続・導入する。 女性は閉経後に保護作用を持つエストロゲンが激減して脂質代謝が急激に悪化するため絶対リスクを評価する(妊婦へのスタチンは禁忌)。 小児期では、FHの家族スクリーニングと早期の生活習慣定着を重視する。
解説
高齢者治療において、一律に数値を当てはめるリスクが考慮されています。 特に75歳以上の後期高齢者の一次予防では、「他の併存症や認知機能、身体機能のバランスを見ながらおだやかに管理しよう」という 「引き算の医療」の視点が含まれています。一方、女性に関しては「閉経」が大きなターニングポイントになります。 閉経前は非常に安全ですが、閉経後は一気にコレステロール値が上昇し、男性を追いかけるように動脈硬化リスクが高まるため注意が必要です。

【第9章】 疾患併存例と包括的治療

要約
糖尿病や慢性腎臓病(CKD)を合併している患者は、すでに血管内皮機能障害が進んでいることが多く、 実質的に「一歩手前の二次予防(再発予防と同等)」として厳格に管理する。 糖尿病ではインスリン抵抗性により悪玉度の高い「小粒子LDL」やレムナントが増加するため、 脂質だけでなくHbA1cや血圧の複合管理が必須。CKDではGFR低下や尿蛋白それ自体が心血管死の強力なリスクである。 動脈硬化予防のゴールは数値の正常化ではなく患者の生涯QOL維持であり、 医師、看護師、保健師、管理栄養士、運動指導士が連携した多職種包括アプローチが不可欠である。
解説
糖尿病やCKDは、それ自体が「血管がボロボロになりやすい病気」です。 例えば、糖尿病患者のLDL-Cが「120 mg/dL」だったとしても、 その中身は血管の壁に潜り込みやすい非常に性質の悪い「スモール高密度(小粒子)LDL」であることが多く、 数値以上のリスクがあります。本ガイドラインの総括として強調されているのは、医療従事者がバラバラに動くのではなく、 チームを組んで患者の食生活、運動、服薬を生涯にわたって包括的に支える仕組みを作ることこそが、真の「動脈硬化性疾患予防」であるということです。

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